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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
第一章

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ありがとうね、ヴァル

残り3話です。よろしくお願い申し上げます。

「ノルド、大丈夫!」


 草むらから飛び出したリコが、ノルドを背負って逃げようとする。だが――


「ああ、ごめん。薬が効いてきた」


 リコに背負われながら、ノルドの混濁していた意識が徐々にはっきりしてくる。


 暗殺者がまた同じ手を使うと予測して、事前に作っておいた解毒薬を服用したのだが、それでも毒の効果は強力で、体にはまだ少し痺れが残っていた。


 大魔熊たちはノルドたちを素通りし、ナゼルを追っていく。


「あれ? ネフェルの支配紋が額にあるぞ」


「ふふふ、パンのお礼だって」


「そうだったのか……俺、駄目だな……」


 ノルドはポツリと呟き、俯いた。


「どうしたの? ノルド」


 リコが心配そうに顔を覗き込む。


 無力感が胸に重くのしかかり、ノルドは答えられなかった。ヴァルが静かにその後ろをついてくる。


「ノルド、どうしてあんな強い暗殺者と戦うの?」


「それは……母さんを殺そうとしたからだ!」、

 リコの問いに、ノルドは歯を食いしばり、拳を握りしめる。


「じゃあ、諦める?」


 リコの言葉に、ノルドは驚いたように目を見開き、すぐに強い口調で答えた。


「いや! 戦う!」


 ノルドの声には決意が宿っていた。ヴァルがその言葉を受けたかのように「ワオーン」と低く吠える。


 リコはじっとノルドを見つめ、少し考えるような仕草を見せた後、静かに言った。


「でも、勇敢に戦ってノルドが死んだら、セラさん喜ぶかな?」


 その言葉に、ノルドはハッとする。握りしめていた拳の力が抜け、肩の力も少し抜けた。


「……リコ、わかった。ありがとう。もう降ろしてくれ」


「ダメ。今は私に任せて。こういうときは私の方が役に立つんだから」


 リコは少し得意げに笑う。その表情が妙に誇らしげで、ノルドはわずかに笑みを浮かべた。


「ありがとう……頼むよ、リコ」


 ヴァルが静かに足音を立てながらついてくる。ノルドはリコの背中で目を閉じ、少しだけ体を休めることにした。


 リコは、ネフェルから預かった、アマリの作った護符と、グラシアスから預かったセラのネックレスを、ノルドの服のポケットに入れた。



「くそっ」ナゼルは、振り切れない大魔熊に焦りを隠せなかった。


「何故だ! こんなに、俺にだけ執拗に追ってくるんだ」


 ナゼルと大魔熊との相性は最悪だった。彼はアサシンであり、巨体の魔物を相手にするには不向きだ。


 冬毛で覆われた大魔熊の体は鋼のように硬く、太い腕と口はまさに凶器。加えて、圧倒的な力を誇る相手に逃げ回るしかない。


「一匹ぐらいなら、何とか倒せるが、囲まれるとな……。あの馬鹿どもがいれば……」


 思わず口をついて出た愚痴を振り払うように、再び間一髪の隙間を見つけてすり抜けた。全身に刻まれた傷と、重くのしかかる疲労――限界は近い。


 それでも、諦めるわけにはいかなかった。



 そんなとき、視界の先に遺跡が現れた。


「ここしかない!」


 ナゼルは遺跡の門を乱暴に押し開け、中へ滑り込んだ。狭い階段を一気に駆け下りると、大魔熊の重い足音が遠ざかるのを感じて、ようやく一息つく。


 視線を上げると、精霊の祭壇が静かに佇んでいた――そこは、祭壇の炎を中心に、精霊の子が宙を舞い、回っていた。


「やっと、来ましたね」


 静かに響いた声の方、祭壇の下で祈りを捧げる人影を見つける。そこにいたのは、さっき倒したはずの牙狼族の子供――ノルドだった。


「お前、何で生きてやがるのか! 耐性でも持っているのか!」


 驚きが声となって漏れる。


 ノルドは、その問いに答えず、手に持ったダーツで攻撃を始める。


「だから、子供騙しだと……」


 ナゼルは罠を警戒して動きを止めたが、ノルドは止まらなかった。


 次々と放たれるダーツと投げナイフに、すべて対応するのは不可能だ。防ぐたびに消耗し、やがて防げなかった一本がナゼルの肩に突き刺さる。


「言っておくが、どんな毒も効かないからな。覚えておけ!」


 ノルドは無視して全力で投げ続ける。だが、鍛え抜かれたナゼルの体には、彼の非力な攻撃では軽傷しか与えられない。


「ふうん。器用なもんだな。同じ牙狼の一族。同族殺しは重罪だぞ!」


「ああ、そうだ。お前はどうなんだ?」ノルドは怒りで声を荒げた。


「ははは、そうだ、そうだ。お前は、一族を壊滅させた忌み子だったな」


「知らん」


「お前は赤子だったからな。あの女は苦しんで死んだかな」


 ナゼルの眼光が鋭く光った。全てのポーションを素早く飲み干すと、ノルドに薬袋を投げつけた。


ヴァルが素早く飛びついた。その瞬間、薬袋が破裂し、ヴァルは外壁にぶつかって倒れ込む。


「ヴァル、大丈夫か!」


「ワオーン」


 小狼も全身傷ついているが、必死に立ち上がる。その姿にノルドは歯を食いしばった。


「お前とのお遊びはおしまいだ!」


 ナゼルは懐から短剣を取り出すと、一閃。短剣から放たれた炎の矢がノルドに向かって飛んでくる。


 ノルドは必死に身を翻し、地面を転がってかわすが、次の一撃は避けきれない――そう思った瞬間、眩い光がノルドの体を包み込み、炎の矢は跡形もなく掻き消えた。


「何だと……?」ナゼルは目を細める。

ノルドもまた、自分を守った光の正体に気づき、驚きと安堵が入り混じった表情を見せる。グラシアスが贈ったセラのネックレスが、ポケットに入っていた。


「リコったら」


「また魔力防壁か! 高価なものを持ってやがる」


 ナゼルは悔しそうに吐き捨てたが、次の瞬間、はっとしたように大笑いを始めた。


「高そうなネックレスだな。これで、大儲けできそうだ」


 ナゼルは別の短剣を抜き、両手に剣を構え、距離を詰める。


 ノルドも母からもらった短剣を抜いた。その拍子にポケットから、アマリの字の護符がひらひらと、祭壇の炎で燃える。


 炎が大きくなり、回っている精霊の子の数が増えていく。


「アマリの護符……」


 握りしめた短剣に力がこもる。母のネックレスに続いて現れたこの護符――見えない何かが自分を導いている、そんな気がしてならなかった。


「ははは、弱いな!」


 ナゼルの嘲笑が響く中、剣と剣が激しくぶつかり合う。ナゼルは両手に剣を構え、巧みな動きで押し込んでくる。片手で短剣を握るノルドは劣勢に見えたが、その隙をヴァルが巧みに埋めていた。


 ヴァルは鋭い目つきでナゼルの周囲を回り、牽制を続ける。牙を剥き出しにしつつも、決して焦らず、ノルドが反撃の機会を得られるよう絶妙な距離を保つ。


「ずっと、一緒に戦ってきたね。ありがとうね、ヴァル」


「ワオーン! ワオーン! ワオーン!」


 ノルドは苦笑を浮かべつつも、心に浮かぶ迷いを消し去った。どんなに強敵であっても、ここで退くわけにはいかない。


 短剣を握り直したが、もうノルドには力が残っていなかった。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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