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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
第一章

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ホブゴブリン

 

 ノルドは腰のウエストポーチから拳大の煙幕玉を二つ取り出す。火をつけて放り投げた煙幕玉は遺跡の奥へと転がり、濃い煙を勢いよく放ち始めた。瞬く間に遺跡の中は白い煙で満たされる。


「ドタドタ! バタッ! ガサガサッ……ギャァッ!」


 遺跡内から響く断末魔の叫び声とともに、ゴブリンたちが次々と飛び出してくる。しかし、彼らの足元には周到に仕掛けられた罠が待ち構えていた。


 踏み込んだ瞬間、網に絡め取られたゴブリンたちは身動きを封じられる。その光景を目にして、ノルドは冷静にダガーナイフを投じ、急所を一撃で貫いていった。


(見事なものだ……どの一撃も無駄がない)


 それでも、遺跡内から次々と湧き出るゴブリンたちは、罠にかかった仲間を踏みつけながら散り散りに逃げ始める。しかし、逃げ込んだ先にはセラの地魔法が待ち構えていた。


 地面から突き出た鋭い土槍が、逃げ惑うゴブリンを容赦なく貫き、次々と倒していく。


(セラさん……こんなに強力な魔法も使えるなんて)


 杖を握りしめたまま動けないガレアは、その光景をただ呆然と見つめていた。ガレアが攻撃しようとすると、先に対応されているからだ。


(これでは、ローカンたちを責められないな……)


 やがて、遺跡前の喧騒は静寂に変わる。ゴブリンの悲鳴も、仲間たちの動きも止まり、風がそっと吹き抜ける音だけが耳を満たした。


 だが、不意に地響きが起こり、遺跡の奥から巨影がゆっくりと姿を現す。


 それは、圧倒的な威圧感を放つボブゴブリンだった。遺跡の天井すれすれまで届く巨体が、一歩踏み出すたびに地面を揺るがす。


「グォアアァッ! ガルルルッギャァッ!」


 怒りの咆哮が凄まじい音圧となって周囲の空気を震わせる。


 ノルドは息を吐き、ウエストポーチから再び大きな玉を取り出す。口元にはわずかな笑みが浮かんだ。


「さあ、派手にやろうじゃないか」


 投げ放たれた催涙玉はボブゴブリンの目の前に着弾する。だが、鋭い反応を見せたボブゴブリンは棍棒で玉を叩き割った。破裂した薬剤が辺りに飛び散り、目を赤く腫らせるものの、ほとんど意に介していない。


 飛散した粉がノルドたちにも迫ると、ガレアが風魔法で素早く吹き飛ばした。


「やっと、戦闘に参加できたな」彼は自虐気味の軽い笑みが浮かぶ。


 ヴァルは素早く動き回り、散らばったダーツやナイフを回収してノルドの元に届けた。


「いいぞ、ヴァル!」ノルドが感謝を込めて声を上げると、再び手元の武器を整えた。


 催涙玉の投擲を睨むように見つめたボブゴブリンは、棍棒を握りしめて猛然と突進を開始。


 ノルドは次々にダーツを投げつけ、巨体に突き刺した。しかし、ボブゴブリンはダーツを意に介さず、距離を詰めてくる。


「毒が効いてない……いや、効き目が遅いのか」ノルドの眉がかすかに動く。刺さった箇所は赤黒く変色し始めているものの、動きに衰えは見えない。


 そのとき、足元の罠が作動し、二重の網が勢いよく広がってボブゴブリンを絡め取る。


「よし、かかったな!」ノルドが満足げに呟くが、目に緊張が走る。


 ボブゴブリンは網を冷静に観察すると、解除機構を器用に探り出し、仕掛けを解きほぐして網を押し広げた。


 棍棒を手放し、腰の剣を抜き放つと、ノルドに向かって一直線に突進してくる。


「こいつ、ただの怪力じゃない……!」


 ノルドは迫る巨体を見据え、深い森の中に姿を隠して応戦の機会を探る。


 セラはゴブリンを片付けた後、遺跡近くの小高い丘に腰を下ろし、ノルドの戦いを見守っていた。


 ノルドのやり方をセラはじっと観察しながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 一方、ボブゴブリンは森の入口で足を止め、周囲を警戒している。次の罠の存在を嗅ぎ取ったのか、わずかに逡巡していた。


 遺跡の入り口では、ガレアが杖を掲げ、魔法を唱える寸前で静止している。小鬼の頭領は焦ることなく周囲を見渡し、冷静に状況を分析していた。


(小狼たちを狩るべきか、それとも魔術師を討ち、遺跡に籠るべきか……いや、丘の上の黒い女は相手にできない。強すぎる)


 判断を下すや否や、頭領はセラとは反対側へと全速力で逃げ出した。


(次の森に移動するしかない。計画が裏目に出た……増えすぎたゴブリンどもを間引こうとしたのが失敗だった。次こそは上手くやらねば)


 巨体を揺らしながら必死に走るボブゴブリン。その背後を追う者はいない。しかし、全身に刺さったダーツの毒針が振動と共に少しずつ食い込み、毒がじわじわと体内に広がる。


 耐毒性を持つとはいえ、完全ではない。頭が鈍く、足取りが次第に乱れていく。


「グォォ…ゴフゥ…ッ!」


 ボブゴブリンは走るのをやめ、荒い息を吐きながら辺りを見回した。その時、罠に誘導されていたことに気づいた。


「ドスッ!」


 落とし穴に嵌まり、巨体がぐらりと揺れる。膝までの深さゆえにすぐに抜け出したが、足元で何かを踏みつける感触があった。


 踏み潰されたのはスライムのようなものだ。さらに上の木の枝からも、スライムのような物体が落ちてきて、ボブゴブリンにぶつかると弾けた。

 

 それはスライムではなく、液体を詰めた袋だった。中身が全身にべったりと付着し、甘い匂いが漂う。


 その瞬間、木の上から隠れていた小狼が大きな声で鳴いた。


「ワオーン!」


「蜂蜜まみれだな……ビーストベアの縄張りで、それは最悪だ」ノルドが呟いた。


 木々の影が揺れる。睡眠を邪魔され、さらに寝床まで踏み込まれた大魔熊たちが、目の前の敵に襲いかかった。


「ヴァル、どっちが勝つと思う?」


 大魔熊に襲われた経験を持つヴァルは、とても嫌そうな顔をしてノルドを見た。


「結局……ホブゴブリンを倒したとは言えないね。もっと幾つも手を持たないとね」


ノルドは残念そうに呟く。


「クウーン」


「やっぱり、予想通り、母さんを見て逃げ出したんだよね」ノルドは、作戦として、動き方を他の2人に指示を出していた。


 ノルドを追ってくれば、さらに仕掛けた罠が準備していたのだが可能性は低いだろうと踏んでいた。


「残念だ……」


 大魔熊たちとボブゴブリンの戦いは、あっという間に終わった。弱っていたボブゴブリンは、途中で逃げようとするも、背中を鋭い爪で切り裂かれる。


 ノルドはその戦いを見ながら、ビーストベアをどう倒せるかを考えていた。


 大魔熊は、美味そうにボブゴブリンの体を舐め、齧り付いた。しかしすぐ吐き出し、不満そうにうなり声を上げて寝床の洞窟に帰ろうとした。


 途中、ノルドたちを一瞬見たが、後ろに立っているセラの姿を視界に捉えると、足早に立ち去って行った。


 ノルド達も再び遺跡へと歩き出した。


 




お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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