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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
蠱惑の魔剣

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魔剣のあざけり

 だが、蠱惑の魔剣は強欲だった。

 盗むどころか吸い尽くす。魔剣は、魔力を奪うだけでなく、“魔力を作る力”さえ喰らった。


「まずい……何人も死者が出ている。殺人犯として追われる……お前なんか、捨ててやる!」

「悪い悪い。そうだ。魔力の少ない者ではなく、大物を狙おう」


 犠牲者の影が、ノルドの前を通り過ぎていく。

 ラゼルの心は、微動だにしない。


 そして――アマリの襲撃。

「ふざけるな!」

 ノルドは、夢の牢獄を破り、現実へと戻った。

 息を切らし、冷たい汗が頬を伝う。


 ヴァルが心配げに彼の側に寄り添っていた。

「わかった……もう躊躇しない」

 その声は震えていたが、確かに覚悟を帯びていた。


 ――魔剣を盗み、ラゼルを幽閉する。

 目を覚ますと、王子はそわそわしていた。

「さあ、地上に戻ろう!」


「ダンジョン探索を進めないと、攻略が終わらないですよ。五階層を案内しますよ」

ダンジョンの中層には、ノルドしか知らない場所がある。


 ――古き大神殿。このダンジョンの心臓部。そこなら、誰にも邪魔されずに閉じ込められる。

「いや、今日はもう帰る」


 ラゼルは首を振った。

 その仕草が、何故か子どものように見えた。何か楽しいことが待っているように。

 ダンジョンの中層には、ノルドしか知らない場所がある。


 ラゼルの指示に素直に従う者は、もうここにはいない。

 効果は薄いとはいえ、くだらぬ命令をされたら面倒だ。


「ブランナさん。ダンジョンの出口付近で、この薬を全員で飲んでください。強い睡眠薬です。ヴァルが出口まで運びます」

「でも……」


「心配しないで。ラゼルは殺しません。魔剣を奪い、ダンジョンの中に幽閉します。本当は、契約解除をしてからと思ったのですが」


「わかったわ。でも私もフィオナ本人じゃないから薬を飲まなくても大丈夫よね。私も手伝うわ」

 ブランナの微笑みが、ノルドの胸に響く。

 目のつきやすい低階層での行動をしたくはなかった。


 だが、彼女たちの安全を考えたら、これが最善だった。

 この島を救うために、ラゼルを閉じ込める。



ノルドは、ラゼルの飲む水に睡眠薬を混ぜた。だがなぜかその日、彼は水を捨て、ワインを注いだ。

「前祝いだ」


 悉く、ノルドの目論見は阻止されている。

「ヴァル、頼んだぞ」

 狼の一撃で、気絶をさせよう。


ダンジョンの出口が近づいてくる。サラやカリスは眠そうな顔をしている。渡した睡眠薬の効果だ。やがてダンジョンの壁に座る込んだ。


「ラゼル様、サラとカリスの具合が?」

 ブランナが、王子を呼び寄せる。

「どうした?」


 不用意に近づく、ラゼルの後方から暗殺者の牙狼が狙っている。殺意も害意も消して。

 ノルドは、魔剣の触れる距離に近づく。収納をするには、触れる必要がある。


「今だ!」目で合図をする。

 ラゼルは後頭部を、ヴァルの前脚によって殴られ、意識を失い地面に倒れ込んだ。


 蠱惑の魔剣が背から飛んで行き、地面に刺さった。ヴァルが回収しノルドに渡した。魔剣は妖しい光を発した。


「ありがとう、ヴァル。収納、え……」

 ノルドは驚愕の顔をした。こんな小さな物が入らない。


「ははは、狼どもは頭が悪いと見える」

 その声は、ラゼルでは無い。彼は地面に倒れている。魔剣の声だ。


「なぜだ?」

「教えてやろう。生き物は収納出来ない。そして我も生きている」


「ならば、ラゼルから取り上げるだけだ」

 再び、魔剣に近づく、ヴァルとノルド。

 魔剣が、眩しい光に包まれたと思った次の瞬間、その光線がノルドに向かって放たれた。アレンを殺した光線だ。


 ヴァルが、ノルドに体当たりした。光線はノルドをかすめ、庇ったヴァルに当たった。光は、狼の毛に弾かれたようにも見えたが……その力は強力なものだった。


「キャイーン!」

 狼は、全身の毛から血を吹き出して倒れた。

「ヴァル!」


 ノルドの力が抜けていく。ヴァルの命が危うい。

 次の一撃を喰らえば、二人とも死ぬだろう。

 ノルドは必死に立ちあがった。ヴァルの姿がいつの間にか消えている。


「ははは、もうダンジョンに食われたのか? 馬鹿狼」

 魔剣の声が耳にうるさい。

 光線が、ダンジョンの壁にあたり、ぼろり、ぼろりと、岩が崩れ落ち始める。


 大きな岩が、壁際のサラたちに直撃しそうだ。

「まずい」

 ノルドは足を必死に動かすが、少しずつしか進まない。


 その時、突風が吹いて彼女たちは、壁の下から転がって直撃を逃れた。

「ありがとう、ビュアン!」

「ふふふ、いつまで呑気に寝てるのかしら、犬と吸血鬼ったら」


「ヴァルはどこだ?」

「安心して、ノルド。ブランナと隠れてるわ。あなたの薬で治療してるから。それよりも……」


 妖精ビュアンが、見たことのない怒りの表情で、蠱惑の魔剣を睨んだ。

「この耄碌した剣は、私が隠しておくわ。任せて」

「ありがとう」


 安心したノルドは、その場に崩れ落ち気を失った。

「どうなったの?」

 目を覚ましたサラとカリスは倒れている二人の様子を見て、慌てて近寄った。


 魔剣は強風に煽られて、抵抗虚しく地面から離れてダンジョンの奥に運ばれていった。

 ダンジョンの入り口から、大人数の足音が聞こえる。


 ダンジョンの警備兵とドラガンたちの姿がそこにあった。

「しっかりしてください。ラゼル様。みんな看病しろ!」


 後頭部には、はっきりと狼の爪跡があり、そこからとめど無く流血している。

「狼の仕業か? 飼い主ノルドを逮捕しろ。狼はどこだ? 行方を探せ!」


 ノルドは、再び投獄されることとなった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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