夏の祝祭、再び
冒険者総出の探索が終わった翌日の早朝、シシルナ島の村々の伝令版には、島主から緊急の告知が張り出されていた。
「夏の祝祭の実施について」
実施日は掲示されたたった三日後。事前に誰にも相談なく、議会にもかけられず、シシルナ島に駐留する各国の大使館への案内もなかった。
一、シシルナ島民は、必ず参加せよ
一、当日、重要な発表をする
一、貴賓が出席される
シシルナ島にとって祝祭は、とても重要な意味を持つ。しかも夏の時期に行われる異例の祝祭は過去の一度だけ。
「どうなってるんだ?」
祝祭の実行委員長を務めるノシロの店には、掲示をいち早く見た商人や島民が、商売の場所を確保しようと押し寄せていた。
だが、彼も初耳だ。
「ガレア様に話を聞いてくる。悪いが、明日来てくれ!」
ノシロはやむを得ず強引に店を閉めた。詰めかけた人々に、娘のニコラが怯えて泣き叫び、抱き上げた妻のリジェからは冷たい無言の視線が突き刺さる。
「いや、俺は何も悪いことしてないぞ……」
ノシロは急いで島庁を訪れたが、ガレアは会議中とのことで、島主の部屋に続く廊下で待たされることになった。
面会の順番を待つ列の中に、人だかりがあった。
「誰だ?」
中心には、がっしりとした中年男性と若い女性がいた。年齢差はあるが、二人の間には自然な親しみがあり、周囲でも笑い声が絶えず、会話が次々に行き交っていた。まるで、輪の中にいる誰もがそのやり取りに引き込まれていくかのようだ。
「ローカン元警備総長じゃないですか? 見違えましたよ。確かサン=マリエル公国に戻られて……」
ノシロがその人物に驚き、声をかける。
「小さな国の国防隊長をしているよ。紹介する、ヒカリだ」
若い女性は元気に答えた。
「ヒカリです。ローカンギルド長のお世話をしてます!」
「まさか、新婚旅行ですか?」
「ノシロ、お前まで……まあ、そんなもんだ。本当は冬の祝祭の時期に来たかったんだがな。国に帰る前にもう一度挨拶に来たんだ」
「そうですか? 急に祝祭が開催されるになったんですよ」
「ああ聞いた。驚いたよ。しかも……」
ノシロとローカンたちが会話に夢中になっていると、ラゼル王子たちが島主の部屋から退出し、後ろを通り過ぎて行った。
まるで、そこに人がいないかのように、いや目に入らないように。
「何だ、あいつ!」
「何言ってるの、廊下で騒ぐ方が悪いでしょ」ヒカリが注意する。
「そういうつもりで言ってるんじゃない。あの男から漂う空気が異様なんだ」
ローカンはラゼルの後ろ姿を睨みつけた。
島主の部屋から、警備長が出てきて言った。
「悪いが、ガレア様の都合がつかない。要件なら、私が聞いて後日書面で答えさせてもらう」
待っていた嘆願者たちは、一斉に文句を言った。
「悪いが、ガレア様にも用事があるんだ。今日のところは解散してくれ」
監察長が全員に嘆願書の書類を渡すと、急に静かになり、皆は文字を紙に走らせた。
「そうか、体調が悪いなら遠慮しようと思ったが、俺は挨拶をさせてもらう」
ローカンは一人、島主の部屋に向かって歩いた。
「困ります、ローカン殿」
「挨拶だけだ」
警備隊員たちも、ローカンが元上司であり、島主との関係も知っているため、本気で止めようとはしていない。
大きな体に似合わぬ素早さで警備員たちの前を通り抜け、扉を開けた。ヒカリもノシロも黙って後ろをついてきた。
「島主様、ローカンです」
「ああ……ローカンか……久しぶりだな」
椅子に座るガレアを見て、三人は驚いた。やつれており、まるで精気を吸い取られたかのようだった。まるで老人だ。
「久しぶりでは無いですよ。数日前にも会いましたよ」
「そうだったか……少し記憶が曖昧でな」
いつもの高慢な話し方ではなく、少し弱々しい口調。ローカンは顔が引き攣った。
「ガレア様、祝祭についてですが」
ノシロが口を挟む。祝祭の開催まで時間が無いのだ。
「ノシロか、ニコラは元気か? 祝祭の準備はお前に任せる。ただし今回は島民だけでやるし、チャリティもやらないと孤児院に、メグミに伝えてくれ」
ガレアは、話すだけでも辛そうにしていた。
「聞きたいことが山ほどあるんですが……」
さらに、ノシロが質問をした時
「聞きたいことなら、当日、楽しみにしているといい」
警備長に呼び戻されたラゼルが急いで部屋に戻って告げた。
「それと悪いが、まだ会議中でな。出て行ってくれないか?」
「ガレア、サルサ様のところで診てもらおう」
ローカンが島主に差し出した手を、ドラガンが叩いた。
「ああすまない。でも島主様の体調が悪いなら、我々が面倒を見るので安心してください。それではお引き取りを」
ラゼルは、警備兵たちに合図を送り、ローカンたちは彼らに追い出されるように部屋を出た。
「まずいな、島主様の状態、普通じゃないぞ」
「ああ、それより周りの連中もおかしい。特にラゼルとかいう男」
扉は重い音を立て、後ろでがちんと閉まった。それはまるでダンジョンのボス部屋の扉のようだった。
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