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尽きない野望


 ラゼル王子の、ダンジョン内での魔物討伐は、それほど大きな成果を挙げたわけではなかった。

 大人数で進軍していたため討伐数こそ膨らんだが、戦術もフォーメーションも存在せず、秩序のない行列がただ進むだけであった。


「こんなにたくさんの魔物を倒したのは初めてだ!」

 一人ひとりの討伐数はたかが知れている。それでも、群れの勢いに飲まれた冒険者は、自分も偉業を成し遂げたように錯覚する。


 普段は立ち入らない未踏破領域へ踏み込む新鮮さが、彼らの心を浮き立たせていた。

「こっちの方面は来たことがないぞ。本当に大丈夫か……?」

「アレンが行くなと言っていた場所だろ」


「ああ、ノルドも同じことを言っていたな……。まさか、あいつら自分たちだけ儲けてたのか!」

 恐怖と期待が入り混じる。胸の鼓動は早まり、恐れをアレンやノルドへの不満で上塗りし、皆が興奮に酔っていく。


 四階層と二階層に分けられたパーティは、それぞれラゼルとドラガン、サガンとロッカが率いていた。

 サガンとロッカの隊は、信仰めいてラゼルを讃え、冒険者たちに繰り返し吹聴する。

「普段ならありえぬ遠征だ。ラゼル様のおかげで、島主様すら意見を曲げられたのだ!」

 誇張も多分に含まれていたが、冒険者たちは素直に信じた。実際、島の最高権力者を動かして討伐を企画したのはラゼルだったからだ。


「こんなに得な遠征があるか?」

 消費した武器はギルドが保証し、薬や薬品も商人から無償提供される。

 多少の無茶をしても損はない――そう思えた。


「火炎穴が塞がれているぞ」

「ああ、魔物も寄りつかん」

「……でも、四階層の未踏エリアは危険では?」


 若い冒険者の囁きに、ドラガンは肩を叩いて笑った。

「見てろ。あの背中がすべてを物語っている」ラゼル王子を指差した。

 彼らの進む先は、つい先日ラゼルが踏破したばかりの道。火炎穴の魔物はほぼ討伐済みで、強敵ハイエナも集団を恐れ逃げ去った。


 それでも冒険者たちは油断せず剣を握りしめる。

 岩が崩れる音や遠くの唸り声に心臓が跳ねる。

「俺が一番槍だ!」

「待て、わしの獲物じゃ!」

「突出するな、助け合え!」


 ドラガンは冷静に暴走を抑え、常にラゼルの動きを観察していた。副ギルド長としての経験で彼の意図を読み取り、指示を冒険者たちに伝える。

 苦戦の気配があれば、ラゼルは魔剣を抜き、迷わず前に進む。その姿は冒険者たちの目に英雄そのものとして映った。


「ああ……これが、英雄なのか」

 恐怖もある。しかしそれ以上に、背中に従いたい憧れが強く彼らを突き動かす。

「ここで採掘だ!」

 ラゼルがそう告げると、普段なら手の届かぬ光る鉱石が壁に現れ、冒険者たちは息を呑んだ。


「ついて来て良かった!」

「こんな情報を惜しみなく教えてくださるなんて……ラゼル様は偉大なお方だ」

「ああ、今までアレンやノルドが独占していたんだ!」


 小さな子供のように目を輝かせる者、武器を握り直し意気込む者――それぞれの表情が浮かぶ。

「……いや、俺はこんな大きな鉱石、手に持てたのは初めてだ!」と小柄な冒険者が泣き笑いする。

 ドラガンは肩を叩き、「まだまだ、ラゼル様に従えばありつけるぞ!」と笑った。


 ――夜。三階層で大宴会が開かれた。

 妖剣は怪しく光を放ち、冒険者たちはその光に酔いしれる。

「ラゼル様、島主代行、万歳!」


 階層中に響き渡る称賛。ドラガンもサガンも、ロッカたちも満足げに頷いた。

 宴の熱気に、冒険者たちの胸は異常に高鳴り、明日への期待と誇りに震えた。

 酒のこぼれる音、笑い声、皿のぶつかる音が賑わいを彩り、荷を運んできた荷運び人たちも、ラゼルに労われて満足げに笑っている。


 しかし、一部の冒険者はふと息を呑んだ。

 剣に照らされたラゼルの影が異様に長く、壁一面に伸びていたのだ。

 酔い潰れた仲間の瞳はどこか虚ろで、笑い声の裏に不安なざわめきが紛れている。


「今日は存分に休め。羽目を外せ。明日にはさらに成果を上げられるだろう!」

 ラゼルの言葉に喝采が重なる。

 夜明け前。宴の余韻がまだ漂うなか、誰も眠り込んでいる。


 ラゼルだけが立ち上がり、低く呟いた。

「愚民どもなど支配するのは容易い。支配される喜びに震えて眠れば良い」

 その声は誰に聞かせるものでもなく、神に向けられたものだろう。


「この島は、もうすぐ私のものになる……。見下した兄も、聖女も、必ず殺す。そして大陸全土を、私の統べる楽園にしてやろう――」


 剣を天に掲げた瞬間、雷鳴が轟き、大樹エルフツリーが揺れた。安全階層すら魔物の蠢きが伝わり、まるで世界そのものが彼の野望を拒んでいるかのようだった。


 そして――地下階層の階段から、小さな足音が近づく。

 その足音と同時に、三階層を照らす薄暗い光すら消え、不自然な霧に包まれた。


 その霧の中から姿を現したのは、かつてシシルナ島の冒険者ギルドで英雄視された男。

 アレンだった。

 ぼろぼろになった服をまといながらも、鋭い眼光でラゼルを睨みつける。


 その場には、ラゼルとアレンだけしかいない――そんな異様な空間が広がっていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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