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闇の契りと闇の種族


「カリス、隣に来い!」

「はい」

 

彼女は胸を張り、サルサの横に並んで立った。

「我がヴィスコンティの一族に新たな者を迎え入れた。これからよろしく頼む!」


 マルカス以外、そこにいた者たちは皆、驚きを隠せずにいたが、それでも静かに見守った。

 カリスは、いつもの悪態とは正反対の、初々しく緊張した面持ちで口を開いた。


「カリス・ヴィスコンティです。一族の名を汚さぬように。母の名を穢さぬように生きていきます」


 ノルドはカリスの変化に気づいていた。彼女の匂いがサルサに近づいている。それは――吸血鬼の匂い。


だが、なぜ?

「私の唯一の娘だ。この歳になって作るとは思わなかったがな」

 この場合の娘とは、血族のことを意味していた。


 それは、ノルドたちがダンジョンに潜る日の朝。カリスとサルサは言葉を交わしていた。


「だが、奴の契約は普通ではなかった。神との契約だった」

「私は……結んだ覚えがありません」


「ああ。奴は間違いなくごまかして契約を結んだのだろう。あるいは操り、狂わせ、意識を乗っ取ったのかもしれない。だが、あくまで私の推測にすぎん」


 薬に縛られ、魔剣とラゼルの術に翻弄された彼女たち。奴隷契約の存在すら知らず、抗う手立てもなかった。


「一度結んだ神の元での契約を勝手に解除することは危険だ。当然だが、神罰が下される。だが、死の契約を続けるよりはまだ安全かもしれん」


 ラゼルの死によって、いつ命を落とすかもわからぬ操り人形でいるよりは。


「だから契約を解除する時のことを考えよう。お前は弱っている、しかも奴の影響を受けやすい人族だ。今のお前には解除はできない」


「サラはどうなんでしょう?」

「あの犬っころは、お前よりはるかに生命力に溢れている。幼いから弱く見えるが、原始の犬人であるサラなら耐えられるだろう……それでも、辛いだろうがな」


「セラからお前のことは聞いている。僅かな時間でも、あの女の目に誤りはない。非常に優秀で、良い魂の持ち主だと」


「それは買い被りすぎです。セラさんにはとても敵いません」

「当たり前だ。セラは只者ではない。――さて、本題だ。カリス、お前、私の娘にならないか?」


 突如の申し出に、カリスは固まった。

「私が……ですか? 天才医師サルサ様の娘なんて、許されるはずがありません」


「そんな大層なものではない。だが、お前は決断しなければならない。私の娘になれば、もう人族には戻れない」


 ああ、そういうことか。噂で聞いたことがある。サルサは人ではない。魔物、吸血鬼だと。

「……かまいません。いえ、よろしくお願いします」


 カリスには身内がいなかった。それが決め手だったのかもしれない。育ててくれた人も、もういない。


「伝説の多くは誤りだ。おいおい説明しよう。マルカスみたいに棺桶で寝て、無駄に伝説を助長する馬鹿もいるがな」


吸血鬼――原始の種族。夜に生きる者。

「ノルドだって夜を生きる牙狼族だ。昼の光に弱いだけで死にはしない。ただ、最初のうちは気をつけろ」


「はい」

「それと、私との契りもまた、神の元の契約だ。不可逆なものだぞ。よいか?」


 カリスは震えながらも、こくりと頷いた。

 牙が首に食い込み、血を吸われ、血を与えられる。


 そして、彼女は吸血鬼となった。


 意識を失い、眠る間に体は作り変えられた。――目覚めたのは今朝。

 何が変わったのかはわからない。だが、失っていた魔力が体の中に満ちていく。


 空っぽの池に雨が降り注ぐように。元の彼女からは考えられないほどの量だった。

「……魔力が違います」


「ああ、そうだろうな。他にも良い面も悪い面も出てくる。一緒に解決していこう、カリス」

「ありがとうございます」


 ブランナとフィオナは夕食会の後、二人で一部屋を与えられた。

「やはり、このままでは駄目だ。サルサ様に相談に行こう」


 ブランナは真剣な顔で言った。

「でも……私にはカリスさんほどの才能はない。救ってもらえないかも」


 フィオナが弱気に言うと、ブランナは首を振った。

「それでも、話だけは聞いてもらおう」

 二人はサルサの院長室を訪ねた。そこにはマルカスが酒の入ったグラスを片手に座っていた。


「どうしたんだい? そんな深刻な顔をして」

「お願いします! フィオナを救ってください! 才能はカリスに劣るかもしれませんが、良い子なんです。きっとサルサ様のお役に立ちます。マルカス様でも構いません、吸血鬼に!」


「おいおい、“でも”って酷くないか? こう見えても貴族だぞ!」

 サルサは彼女たちの誤解に気づき、弟の医師に尋ねた。


「マルカス、フィオナの体はどうだった?」

「だから、どこも悪くないって言ったろ!」

 だが、ブランナは納得していなかった。


「……お前たちも理解していないのか……まったく近頃はどうなってるんだ! マルカス、検査器具を持ってこい!」


「はいはい」

 マルカスは医務室から注射とシャーレを持ってきた。

「二人とも血を取る。フィオナは二回目だが我慢してくれ。頑固そうな姉がいるから目の前で見せてやる」


採血した血をシャーレに入れる。

サルサは試薬瓶を掲げ、説明した。

「検査液とは、精霊の好むエルフツリーの樹液と数種類の薬を混ぜて作る。聖女の妹アマリの血は赤く光輝く」


 マルカスはシャーレを並べ、まず青年の血に検査液を落とす。

――何も変化はなかった。

「いいか、これが普通の人族の血だ」


 次に二人の血に検査液を落とす。

 最初は赤い液体のままだったが、じわりと黒く濁り始める。


 蠢きが次第に鮮明になり、まるで意思を持つ生き物のように、シャーレの中で渦を描いた。


「そして、黒く蠢くのは、我らと同じ古き闇の種族の一つ。魔人族だけだ」


 フィオナは息を呑み、カリスは目を見開いた。

「……私たちも、人族ではなかったのか……」


 その異様な光景に、サルサは腹を抱えて大笑いした。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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