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フィオナの嘘


 ローカンは、島主を訪ねた。シシルナ島に訪問するという手紙は出していたが返事は無かった。

「まあ、いつものように忙しいんだろう」

 気楽なローカンは、いつもの気軽さで、島庁の中を我が物顔で進んでいく。


 会う人ごとに、ヒカリのことを揶揄われるが、それはある意味優越感でもあった。

「島主様はおいでか?」

 島主の部屋の前で、一応警備員に声をかける。警備員は、ローカンに耳打ちする。


「ご機嫌斜めです。ですから……」

「ああ、いつものことか!」

 怒られ慣れているローカンに怖いものはない。いや、あの叱責が懐かしくもあり、彼は扉を開けてしまった。


「馬鹿なのか! サナトリウムとの交渉をラゼル様の従者にお願いするとは!」

「ですが……」

「舐められたら終わりだ。そうだ、誰も通らせなければ、食料すら手配できず、サルサは頭を下げてくるだろう」


 だいぶ込み入った話のようだ。ローカンは扉を閉めようとして、新しい警備長に捕まった。

「お前、我々の会議を覗き見したな!」


 扉が大きく開かれた。

「ローカン殿? マリエル公国の国防総長で、前のシシルナ島の警備総長だ」

 ガレアが紹介した。そんな島主の顔は、いつもの繊細な雰囲気が消えていた。


「それは失礼しました」

 警備長は、頭を下げた。

「いえ、シシルナ島に観光に来たので、挨拶に来ただけです」

「そうか、ゆっくりしていってくれ!」


 だが、ローカンたちは部屋を追い出され、扉の鍵がかかったのが聞こえた。

「おかしい……」

「そりゃ、島主にとって過去の人だもん。冷たくされても挫けないで」

 ヒカリは、落ち込むローカンを励ました。


「違う。そうじゃ無いんだ。ガレアと俺は友達なんだ。だから……」

「うん、じゃあ、忙しいんだよ。ローカン、お腹すいた!」

 ヒカリは、ローカンの手を引いて、島庁を出た。


 騒がしい島の入島検問を抜けたひと組の男女を乗せた馬車が走る。

 男は聖職者の衣をまとい、隣には深いヴェール付きの帽子を目深にかぶった痩せた女が座っている。


「体調はどうですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 行き先は丘の上、サナトリウム。御者台に座るのは、聖王国でも名を馳せるグラシアス商会の若い職員だった。


 馬車は緩やかに坂を登る。女は窓を少し開け、シシルナ島の潮の香りを吸い込んだ。港町と海が一望できる。


「共和国とは空気が違いますね」

 穏やかなひととき。しかし、サナトリウムの門前でその空気は一変した。

 武装した警備兵たちが道を封鎖していたのだ。


「悪いが、ここから先は通せない」

 長身の警備長が馬車に近づき、険しい声を放つ。

「グラシアス商会の馬車だ。それで足りるはずだろう」

 御者が強気に返したが、警備長は鼻で笑った。


「商人風情が威張るのが一番癪に障るんだ」

 御者は口をつぐむ。彼は強健で戦闘にも耐えられる体を持つが、こういう場での応対は不得手だった。


 代わって聖職者の男――ガブリエルが窓から顔を出す。

「共和国の助祭、ガブリエルと申します。聖女様の代理として、サナトリウムを訪問いたしました」

「……本当か?」


 警備長の疑念は鋭い。シシルナ島民らしからぬ猜疑心だ。彼は移民者なのだろう。

 ガブリエルは懐から封筒を取り出す。ネフェル聖女の紋章が刻まれていた。


「こちらが証明です。中身はお見せできませんが」

「……なるほど。しかし島主様の命令で、誰もサナトリウムへは通すなと――。ガレア様に会ってからにしてくれ」

 ガブリエルはわずかに眉をひそめた。


 そのとき、突風が吹いた。女のヴェールがめくれ、白い顔がのぞく。彼女は慌てて手で押さえ、うつむいた。


「……ほう。そういうことか」

 警備長の目がいやらしく光る。誤解をしたのだ。

「誤解です。これは――差し入れですよ」


 ガブリエルはすかさず懐から小袋を取り出し、警備長の掌に握らせた。硬貨の音が、わずかに鳴る。

「……ふん。わかっているな。ラゼル様の耳に入れば、大事になるからな」


 警備長が手を振ると、兵たちは道を開いた。

「隊長、本当に通していいんですか?」

「馬鹿者、フィオナ様がお乗りだったのだ。問題あるまい。……問題は」



 サナトリウムの診察室。

「どこも悪くありませんね」

 医師マルカスがそう告げると、部屋の空気が重くなる。


「いやらしい。だからそう言ってるじゃない!」

 フィオナが声を荒げた。

「だから、おかしいんだ」マルカスは首を振る。


「カリスは死にかけるほど衰弱しているのに、お前だけは元気だ」

「それは……丈夫だからよ!」

 だが誰も信じていないことは、彼女自身にも分かっていた。


「無理があるな。お前は三人の中で一番ラゼルと長く付き合っていた。それなのに、奴の影響も薬の毒もほとんど受けていない」

 マルカスは布を広げて見せる。カノンから渡された魔力吸収布だ。


「そんなことは……ノルドの薬のおかげよ」

「もういい」サルサが切り出す。

「幻影魔術を使えることは、ノルドから聞いた」

 フィオナは目を伏せる。


「……そうよ。それで、ラゼル王子に殺されるのから逃れてきたの」

「ああ、それが答えだ。フィオナ。そんな言い訳は、奴隷契約を結んでいる者にはできないんだ」


 サルサが言い切ると、彼女の顔がさっと青ざめた。

「座りなさい。安心しなさい、私たちは味方です」

 セラが優しく手を肩に乗せた。


「……契約が不完全だったらしいの。でも、ばれるのが怖くて」

 必死に言葉を絞り出すフィオナに、サルサが柔らかく微笑んだ。


「誤解しているよ。私たちは全部知っている。もう嘘をつかなくていい」


「サルサ様、グラシアス商会の馬車が到着しました」

「そうか。ちょうど良いところだ――待っていたよ」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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