勇者たちの教え
フィオナとノルドが、いきなり現れて警備長に背後から声をかけた。
「ノルド、それと……?」
「フィオナです。ラゼル王子の従者の一人です。カリスを引き取りに来いと仰せつかっております」
「そうなのか?」
「はい。それに明日からラゼル王子は冒険者ギルド全員を率いて探索に出られます。次の探索までは時間がありますから、それまでには必ず私が責任を持って連れ帰ります」
警備長は隊員たちと短く話し合った後、渋々うなずいた。
「わかった。それでは交渉を任せよう」
「ありがとうございます。それでは、私たちにお任せください。安心して町へお戻りを」
「ああ、そうさせてもらう!」
退却の口実ができたのがよほど嬉しかったのだろう。警備隊は嬉々として、あっという間に引き上げていく。
「さあ、行きましょう!」
フィオナの声を背に、ノルドは引き上げていく警備隊の後ろ姿をどこか面白そうに眺めていた。やがて、飄々とした口ぶりで門番に声をかける。
「サルサ様にお会いしたいのですが」
「……やっと引き上げたか。ああ、ノルドか。少し待ってろ」
安堵をにじませながらも、門番はもう門を開け始めていた。
※
サナトリウムには、緊張とは違う、独特の空気感が漂っていた。
ノルドはサルサの部屋を訪ねたが、中から返事はない。代わりに、押し殺した声が聞こえてくる。
「ガレアとラゼルを捕らえれば済む話だ! それしか手はない!」
それはあの老人たち――かつての勇者たち、今は白髪を振り乱した三人組の声だった。聞いたこともないほど真剣な響きに、ノルドは思わず身をすくめる。
「お待ちください。シシルナ島で、ラゼルは罪を犯してはおりません!」
「悠長なことを! サルサ、あのガキが持っている魔剣は、あの年で扱える代物じゃない!」
「ああ、既にその未熟さで何人も死んでいる。放置はできん、危険すぎる!」
荒げられる怒声に、いつもは彼らを叱り飛ばす立場のサルサが、必死に食い下がる。
「どうか、今しばらくお待ちを……」
「……まあ、サルサに考えがあるのだろう。しかし猶予は長くはないぞ」
その時だった。
「なら今日は、朝までゲーム大会だ!」
扉が勢いよく開き、ノルドはあっという間に三人の老人に捕まった。
「え、ちょ、待っ――!」
逃げ場はない。瞬発力なら誰にも負けないノルドよりも、彼らの動きはなお速い。異常なほど速い。
「ノルド、盗み聞きの罰だ。今夜は付き合ってもらう!」
「そんなぁ……サルサ様、助けて!」
「色々と私はやることがある。今日だけは相手をしてあげて」
冷たく拒絶するサルサに、ノルドは涙目になった。
「でも母さんに会わないと――」
「もう親離れしろ。後で会える」
「カリスさんの様子も見ないと!」
「女遊びはまだ早い。このサナトリウムで問題があると思うか?」
老人たちにずるずると引きずられていくノルド。その姿を呆気に取られて見ていたフィオナに、サルサが声をかけた。
「やっと来たわね。待っていたのよ」
「カリスは?」
「心配しなくていいわ。それより、あなたの話を聞かせてほしいの」
老人たちが去った後に現れたのは、セラ、マルカス、そしてカノンだった。
――強い。
だが、ついさっきまでの老人たちの規格外の力すぎて、その強さは掴めなかった。この三人ははっきりわかる。痛いほど、差が。
「まずは健康診断をしようか?」マルカスが声をかける。
「どこも悪くありません」
「自分で気づかない病もあるんだよ。一つだけ言っておく。俺たちは君を、いや君達を助けたい」
その一言に、フィオナは驚き、次の瞬間頷いた。
※
一方ノルドは、応接室で無理やりゲームをさせられていた。
「ノルド、お前は大人に遠慮しすぎだ」
「ああ、弱い周りに気を使う必要はない」
「信じた道を選び、判断を下せ!」
老人たちの言葉に、ノルドは初めて理解した。強者に与えられた使命を。
「ですが、もし間違っていたら?」
「責任を取る。それだけのことだ」
「怖いですね……」
勇者たちは笑った。
「ああ、怖いさ。それが大人の決断だ」
「おっと、そのカードは当たりだ! こうして責任を取るんだ! それに勝つまでやれば、負けはない!」
ノルドは深く息を吸い込み、駒を手に取った。
「……わかりました。このゲームで勝ったら、ラゼル王子のことは僕に任せてもらえますか?」
部屋の空気が一瞬止まる。
「うむ、それでいい」
「だが、簡単には勝たさんぞ!」
そのやりとりを、ビュアンは隠れて見ていた。
※
その頃、シシルナ島の桟橋には、サン=マリエル公国の国防隊長ローカンの姿があった。隣に立つのは、ヒカリという少女。
「本当は祝祭に来たかったんだが……休めるときに旅行しないとな」
「ふふっ、まさか本当に連れてきてくれるなんて。ありがとう!」
検問を通ろうとしたとき、元部下の警備員に囲まれる。
「えっ? ローカン元警備総長! その隣の女性は……まさか奥様ですか?」
「はい」と、すかさず答えるヒカリ。
「いや、そんな筈ないだろう」ローカンの否定は警備員の声にかき消される。
検問は一瞬で大騒ぎになり、その隙を突いて一組のカップルが音もなく通り抜けていった。
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