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孤児院


 その屋敷はもともとニコラの家であったが、現在では孤児院としても利用されていた。


 厳密には、ニコラが会社を市場に移転させ、その空いた屋敷を孤児院として提供したのである。


 ノシロは子供の頃、やんちゃで周りに迷惑をかけることが多かった。


 そのたびに、ニコラは「またやったわね!」と駆け寄り、素早く厳しく対処した。


 大人になった今でも、その時の記憶が残っており、ノシロはどこかでニコラを恐れているが、同時に深く尊敬している。


 メグミは「全く、相変わらずね」とぼやきながらも、兄貴分のノシロの変わらぬ姿を好ましく思っていた。


 商談は、ノルドが製品の効能を説明することから始まった。


「つまり、この薬は、売られている薬の2倍近い効果があります。製薬方法や材料の分量は……あ、すみません、秘密です」


 ノルドはリュックからノートを取り出し、データを見せながら自慢げに話した。


「ははは、面白いな、お前!そんな薬師初めて見たよ!」ニコラは楽しそうに笑った。


「それじゃあ、取引価格を決めようか!」


 取引価格については、ニコラ、ノシロ、リジェ、ノルドがそれぞれ紙に金額と理由を書き、メグミがそれを読み上げる。


 ノルドがつけたポーションの価格は、普通に売られているポーションと変わらない価格だった。


 彼には、それ以外の価格の付け方がわからなかったのだ。


「悪いが、ノルド、あまり安い価格をつけると、他の薬師が困ることになる。いざという時、薬が手に入らなくなるし、お前以外の薬師がこの島からいなくなってしまう」


 ニコラは、少し真剣な口調で言った。


「そういうつもりでは……。」ノルドは焦って弁解した。


「お前の作る薬は、同じ種類の薬よりも効能が高いのだ。だから、それに見合った価格をつける必要がある」ノシロが冷静にアドバイスした。


 ノルドはノートにメモを取りながら、コメントを詳細に書き込んでいく。


 結局、セカンドプライスで取引金額を決めることになった。


「大量には売れないだろうが、私がまとめて買い取ろう。何せ、私の会社の奴らは傷や怪我をする奴が多いからな。それでいいか?」


 ニコラは、自信満々に言った。


 彼女は多くの漁船や貨物船を持ち、漁業、海運業、市場を一手に取り仕切る会社の社長でもある。


「はい、それで結構です」ノルドはほっとした表情を浮かべた。グラシアスにも卸さなければならないし、大量に同じ薬を作り続けるのは、彼にとってはあまり面白くなかったからだ。


「それと、新しい薬が完成したら、持ってきておくれ」


 ニコラは、この薬師の薬にますます興味を持っているようだ。


「勿論です」ノルドの顔がぱっと明るくなった。


「本当に、商売気のない奴だな。大丈夫か、心配になるよ」ニコラは、少し笑いながら言った。


 実は、ノルドが損をすることはほとんど無い。なぜなら、彼は一度でも製薬に成功すれば、その後失敗することが無いからだ。


 初級のリカバリーポーションは、ベテランの薬師でも成功率が極めて低く、材料が無駄になることが多い。通常、成功率は20回に1回程度だ。


 しかし、ノルドはすべて成功する。そのため、原価率が非常に低く、損益分岐点も極めて低い。


 ノルドは、材料や製薬方法を理論的に研究し尽くしているからこそ、成功するのだ。


 ほかの薬師が書物を真似するだけの中、彼の製薬は一線を画していた。


 だが、他の薬師を知らないノルドはこれが普通だと勘違いしていたし、セラもそのことをわざと教えなかった。


 学者セラの教育は、着実に実を結んでいた。


 

 商談も一息ついた時、ガーデンルームに、ばたばたと走ってくる人がいる。


「やっぱりだ、ノルドだぁ!」犬人族のリコの姿が、目の前に現れた。


「良かった。探してたんだ。どうしてここに?」彼の瞳には、光るものがあった。


「何泣いてるの? 大丈夫? へへへ、メグミに捕まっちゃった」リコは嬉しそうに答えた。


「呼び捨てですか!」メグミが怒った。


「大丈夫なのか?」ノルドは心配げに尋ねた。


「ここはとっても楽しいよ。勉強つまらないけど。でも、ばあば大好き」


 キラキラした目でリコは尻尾を振り、ニコラの椅子のアームに腰掛けて、ニコラに抱きついた。


「こら! ニコラ様から離れなさい。お前は、早く教室に戻りなさい!」


 ノシロやリジェもリコの自由さや、ニコラの寛容さに驚いている。


「はーい。残念。ノルドまたね。お休みの日に、遊びに行くね」


 ニコラに強く抱きつくと、ばっと離れ、テーブルの蜂蜜飴を盗んで、またばたばたと部屋から出て行った。


「魚市場の料理店さんに知らせなければ、休業してるみたいですが」


「そのことなら、お前が気をかける必要は無い」さっきまでの、でれでれとしたニコラの表情は、一転した厳しい顔を見せた。


「わかりました。あの、そろそろ帰ります」


 ノルドもあんな料理店の店主の事なんて、どうでも良かったのだ。それより、早く帰って母さんに話したい。


「ああ。ノルド、お前、取引証文とお金は……」ノシロが声を掛けようとしたが、その前にノルドは、慌てた様子で書類と金をリュックにしまい込んだ。


「それじゃ、失礼します」ノルドはニコラに軽く頭を下げ、部屋を後にした。


 ヴァレンシア孤児院を出ると、ヴァルが駆け寄ってきた。


「うん、リコが見つかったよ。なんだ、お前も見かけたのか。今日は、豪勢な料理を作ろう!」


 夕日が沈む海を見ながら、軽やかな足取りで坂を下っていく。狼の夜はもうそこだ。


「ワオーン!」



「しかし、面白い小狼だな。楽しませてもらったよ。」と、ニコラが感心する。


「そうだろう!」とシロノが胸を張るが、


「お前の言う“面白い”とは意味が違うよ!」と、老婆がきっぱり否定した。


「しかし、母さん、あの子はいったい何者なんでしょう?」とリジェが尋ねる。


「あの子は、天才だよ。育てた母親もただ者じゃないね」


「確かに、魔兎の調理の仕方は完璧だったな」とシロノが相槌を打つ。


 ニコラはやれやれと肩をすくめ、


「島主から無理やり聞いた話を思い出したよ。窃盗団を退治したのは、きっとあの親子さ」


「大男の腕の切り口も、並の者にはできない技だったな」


「ああ、そうだとも。グラシアスの野郎、ここはシシルナ島だ。独占はさせないよ」

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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