表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/193

呼ばれるラゼル

拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、フォロー、ご評価をいただけると幸いです。


 四階層での採掘は数日続き、疲労は限界に近づいていた。

「そろそろ食料も尽きます。帰還しましょう」

 ノルドの進言に、ラゼルは軽くうなずいた。


 実際にはノルドの収納庫に一週間分の食料が眠っている。だが、それを告げることはなかった。仲間の顔に浮かぶ疲労の色こそ、帰還を決める理由だった。


 帰路の戦いも何度かあったが、深刻な被害はなく、三階層の休憩所に辿り着く。サラやヴァルの奮闘で乗り切れたのは往路と同じだ。

 息を吹き返したラゼルが、唐突に笑みを浮かべた。


「よし、宴会だ! 勝利の酒盛りだ!」

「……またですか」

 ノルドは呆れながら食事を用意し、酒を差し出すと、早々に自分のテントへと引きこもった。


 ――深夜。

 低い唸り声が闇を裂いた。ヴァルだ。

 ノルドは飛び起き、外に出る。エルフツリーの精霊光に照らされた広場で、ラゼル王子が裸足でふらふらと歩いていた。


 瞳は虚ろに濁り、焦点はどこにも合っていない。裸足が石床をぺたり、ぺたりと打つ音が、やけに大きく響く。ゾンビを思わせる無機質な歩み。剣もなく、寝衣のまま。

 その足は、まっすぐ階段の方へ向かっていた。

「グルル……!」

 ヴァルが吠え、王子の服を噛み、必死に引き戻す。


「放せ! この狼めがぁ!」

 掠れた声が王子の喉から洩れる。普段の軽薄さも威厳もなく、誰かに口を借りられたような、異様な声だった。


「ヴァル、離せ!」

 ノルドが命じると、狼は唸りながらも従い、王子の背へ回って身構える。毛を逆立て、闇の何かを睨むように。

 サラとフィオナが駆け寄り、王子の両腕を押さえ込んだ。


「ラゼル王子、戻りましょう!」

 抵抗はなく、ただ糸に操られる人形のように前へ進もうとするだけ。

 二人はノルドに一礼し、王子を半ば抱え込むようにしてテントへと運んでいった。

 残されたノルドは、息を吐いた。胸の奥が冷たく凍りついている。


「……あのまま階層に下りていたら、無事では済まなかった」

「ワオーン!」

 ヴァルが夜空に吠える。――止めたのは俺だと誇るように。

 その背を撫でながら、ノルドは気づいた。

 王子が歩んでいた先は、二階層の階段ではない。

 ――第四階層への道だった。

 翌朝。


「おはようございます」

 ノルドはフィオナとサラに声をかけた。


「昨夜は助かりました。あんなこと、初めてです」

フィオナは感謝しながらもなぜか険しい目を向けてくる。


 ノルドは、ラゼルの様子を聞いた。

「そうですか……ところで、ラゼル王子は?」

「まだ寝ていますよ」


 テントに戻った王子は、糸が切れたようにベッドに崩れ落ちたらしい。

「誰かに呼ばれたのかしら? ダンジョンに?」

「……わかりません」ノルドは首を振った。

「そう。それじゃ妖精様の仕業?」

「いいえ」


 きっぱりと否定する。たとえ怒っていても、彼女が許しもなくそんな真似をするはずがない。

 やがて王子が起き出し、けろりとした顔で言った。

「荷運び! 帰るぞ!」

 地上に戻ったのは夕方。まだ黄金色の光が差していた。

「冒険、終わったぁ!」

「無事帰れたな!」


 疲れの色が晴れ、仲間たちは笑顔を浮かべる。

 だが、待ち受けていたのは島主の使者、ドラガンとサガンだった。

「お疲れ様でございます、ラゼル王子。島主がお待ちです」


 主を迎える従者のような態度に、ノルドは違和感を覚える。とくにドラガン。親しげだったはずの彼の目に、もはや笑みはなかった。

「そんなことが……どうされますか? 処罰なさいますか?」

 ラゼルが小声で告げていたのは――ヴァルに暴行された、というありえない虚言。


 ノルドの耳は狼人族だ。聞き逃すはずもない。サラも同じだろう。

「いや、私は寛大だ。血迷っただけだろう。あの狼は町でもよく暴れていると聞く」

「寛大なお心、感謝致します。では港町へ」

 ラゼルはあっさりと仲間を残し、馬車に乗り込んで去っていった。


「……残念、祝勝会が無かったな」

 ロッカが肩をすくめる。

「でも別の日に、って言ってましたし!」と別の仲間が明るく返す。

「そうそう、ラゼル様についていけば間違いない」


 口々に話しながら、彼らは小さな輪を作り、笑い合っていた。その姿は、まるで英雄を見送った後の信徒のようだった。


 ノルドはその輪には加わらなかった。

 サラの足音が遠ざかる。孤児院のリコのもとへ走っていったのだろう。

「また犬小屋に遊びに行ったのね」

 フィオナの何気ない言葉に、ノルドの胸がざわめいた。


「そんな言い方は……!」

「あ……ごめん、羨ましいのよ」

 立ち去る間際、フィオナが振り返った。

「とても、まずいと思うの。このままでは」

「何がです?」

「……わからない。それじゃ、明日」

 その姿は、夕闇に溶けて消えた。


 残されたノルドは、ヴァルの吐息を聞きながら夜風を吸い込んだ。

 ――何かが、確実に狂い始めている。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ