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モナン公国の真実

「モナン公国に行って、侯爵本人に会った」

 ブロイ伯爵は低く告げた。室内に緊張が走り、グラシアスたちは耳を澄ませる。

「奴はこう言った。――ラゼルは勘当した。だから関係ない、と」

「……理由は何ですか?」


「ジョブが奴隷商人。そんな者は一族に相応しくない、だとさ。だがそれは嘘だ」

伯爵の目が鋭く光る。

「奴は陰でラゼルを支援していた。その証拠なら、この手にある」


ラゼル王子が勘当――初耳の事実に空気が揺れる。

 本当に勘当なら公表されるはずだ。だが人目を忍んで国外に住まわせているなら、それはただの“追放ごっこ”にすぎない。

「モナン侯がラゼルに操られているのかはわからん。だがな……奴はラゼルよりも、兄のレクシオンを嫌っていた。いや、恐れていた」


「……レクシオン?」

グラシアスが眉をひそめる。「聞いたことがありませんね」

「ははは、物知りのお前に知られていないとは。愉快だな!」


 ブロイ伯爵が楽しげに笑い声をあげた、その時――扉が静かに開いた。

「まだ、いらっしゃって良かったです」 花柄のワンピースに着替えたリリアンヌが立っていた。

 彼女は一瞬だけ躊躇し、そっとヴェール付きの帽子を脱ぐ。


――傷一つない白い肌。鮮やかに蘇った美貌。

 共和国の社交界が誇る花が、そこに咲いていた。

 だが何より、はにかむ笑顔がその美しさを引き立てていた。


「おお……ポーションが効いたのだな。リリアンヌ!」

伯爵の声に、彼女は恥ずかしそうに頷く。


「はい、お祖父様。……グラシアス様、ガブリエル様、お礼を申し上げます」

「いえ、良かったです」グラシアスが安堵の息をつき、ガブリエルも力強く頷いた。

「さて、長居をしてしまいましたね。そろそろお暇します」

「そうですね。お疲れでしょう。ゆっくり休んで下さい!」


 伯爵の言葉を背に、二人は立ち上がる。

 リリアンヌが少し寂しげな顔をして口を開いた。


「わたし……近いうちに礼拝に行きます。宜しいですよね、お祖父様!」

「ああ。だが、変な虫がつかぬように、わしも行こう」

「お祖父様! なんて失礼なことを!」リリアンヌがぷくっと頬をふくらませる。

「ち、違う。……わしも神に祈ってみたくなったのだ。恥ずかしくて、変なことを言ってしまった」


 素直で喜怒哀楽のはっきりした孫娘と祖父のやり取りに、室内が柔らかく和む。

 その様子を横目に、グラシアスとガブリエルは出口へと歩み出した。

「待て待て」低い声に足を止める。

「一言言っておく。――これはわしからの空手形だ。『希望を一つ聞いてやろう』感謝の気持ちだ」

「それは心強いです」

 グラシアスは真剣な眼差しで頷いた。



 ブロイ侯爵家を後にしたグラシアスは、セイと合流した。

「そんなことがあったんですか? 私の訪問した先の支払い理由も、やはり賠償金でした」

「そうか。セイ、ガブリエル。俺は、モナン公国に向かう。魔剣のことを調べるのはそれしかないからな」

「それでは私たちも!」

「いや、十分だ。助かったよ。それじゃあ」


 彼らは、更に手伝おうとしたそうな顔をしていたが、断った。

「面倒な予感がするからな」

 グラシアスは、馬車を飛ばして、王国と共和国の間に挟まれた海辺の小国モナン公国についた。


 この小国は、大陸中の富裕層や貴族の別荘地でもある、風光明媚な場所だ。

「超大国に挟まれて生き延びるのには、特別な理由があるはずなんだが……」

 いつもこの公国を訪れるとグラシアスは疑問を口にするが理由は、ずっとわからないままだった。

 公国に入った瞬間から、いつもと違う空気感に包まれているのを、彼は感じた。


 しんみりとしている。だがそわそわしている感じでもある。

 グラシアスは、常宿にしている、山手にある落ち着いた高級な宿に着くと、信用のおける宿主に、訊いた。

「いったい、何があったんだ? 街の雰囲気が変だぞ?」

「……モナン侯爵の具合が悪いんですよ」


 宿主は、小さな声で答えた。

「それで、活気がないのか? でも落ち着きもないな?」

「ああ」 宿主が、笑いを我慢しているのがわかった。

「おい、本当のことを教えてくれ?」


「グラシアスの部屋に酒を運ぶよ。旅の疲れをとってくれ!」

「ああ、待ってる」

 しばらくして、グラシアスが着替えをしてくつろいでいると、宿主が入ってきた。

「一杯やろう!」


 宿主は、古いビンテージワインとグラスを持ってやってきた。そして、グラスに注ぐと乾杯をしようと言ってきた。二十年以上の付き合いだがこんなことは初めてだ。

「なるほど、そんなに嫌われていたのか? 祝杯をあげるほどに……」

 地元の実力者である高級やどの宿主が間違った情報を手に入れているとは思えない。つまり、モナン侯爵が嫌われていたのか……。


「まあ、嫌な奴だったが、どうでもいい。それより殿下がお戻りになられるのだ。この公国民にとって、これ以上の幸せなことがあるだろうか?」

「そうなのか? じゃあ乾杯だ」

 グラシアスは、不思議でたまらなかった。だが、すでにラゼルの支配を受けているかもわからない。迂闊なことは言えない。


「それで、殿下はいつ戻るんだ?」

「実はもうついている」

「え、何だって……ラゼル王子はシシルナ島では……」

 宿主は、笑い転げた。

「グラシアス、お前は大きな勘違いをしてる。ラゼルじゃない、レクシオン殿下だよ」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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