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古傷が消えるポーション

ブロイの屋敷。


 グラシアスから手渡された薬瓶を、テーブルに置くと、ブロイは自らの右手に持った剣で、左腕を斬った。流血が飛び散り、深く切られた腕はまるで今にもちぎれ落ちそうだ。


 長年仕えてきた執事長は、慌てることなく、一瞬で彼の左腕に包帯を巻いた。元軍医だったのか、あるいは看護のスキルを持つのかもしれない。指先の動きに迷いはない。


「何を?」グラシアスは叫ぶ。

「効果を確かめねばなるまい。孫娘の為ならば、腕の一本など惜しくない」


 もし、グラシアスの言う効果が間違っていたら、ただでは済まない。ブロイの眼差しには、覚悟と冷静さしかなかった。

 グラシアスは薬瓶を差し出そうとするが、それより早く、ブロイは剣を床に突き刺すと、片手で器用に口に運んだ。一口だけ。


「ほお。なんだこのポーションは飲みやすいな。甘すぎるくらいだ」

 痛みに耐えきれず倒れるのでは、という心配は無用だった。彼の体が緑の光で包まれる。リカバリーポーション特有の現象だ。

 グラシアスは理解する。ノルドのことだ。子供でも飲みやすいものに、それ以外に鎮痛剤も調合している。


 老伯爵は身構える。今まで数えきれないほどの薬を口にしてきたが、効果の高いものほど、己の精神に異常をきたすし、激痛に耐えねばならなかった。光の量が尋常ではない。ブロイは覚悟した。

 だが、その時は来なかった。


「大丈夫ですか? ブロイ伯爵」

グラシアスが尋ねる。彼はポーションの効果について疑ってはいない。セラが、ノルドが誇大や嘘を言うはずがないと信じているからだ。しかし、実際の中級ポーションを使った現場に立ち会ったことはなかった。

「ああ、痛みは無くなった。どれくらいで治るのかな」


 その時、扉が開いた。

 ヴェール付きの帽子をかぶった女性と、助祭の男性が並んで立っている。

「お祖父様、どうしたのですか?」

 包帯の巻かれた祖父の左腕を見て、彼女は慌てて近づく。


「なに、たいしたことはない。お前の姿を見れて、声を聞けて嬉しいよ」

「その包帯は何ですか?」リリアンヌは怒気を孕んだ声で、涙を流しながら見つめる。

「心配するな。怪我をしただけだ。だが治療はしてもらった」


 ブロイは、彼女を片手で抱きしめた。リリアンヌの涙が、彼の胸に直接届くようだった。

「包帯を交換しましょう、あちらで」執事長はブロイの視線に従い、動く。孫娘にばれないようにと。

「私が交換します。新しい包帯を渡して」


 リリアンヌは本来、強い女性だ。祖父の腕の包帯を外そうと手を伸ばす。

 まずい。孫娘がショックを受けるかもしれない。

「いや、リリアンヌ。嬉しいが執事長の仕事だ」

「そうですか……ではここで交換を。傷の具合を……」


 それは、祖父を心配する純粋な気持ちから出たものだった。

「多少の傷なら、私が治癒しますが?」ガブリエルが小声でグラシアスに尋ねる。

「いや、ノルドのポーションの確認のためにしたことだ。責任は俺が取る。かなり深い傷だ。あと少し残るだろうな」

「わかりました。でも問題なさそうです」


 ブロイが包帯を外すと、そこにはちぎれそうな腕ではなく、血こそついているが健康そうな腕があった。

 執事長がたらいとタオルを運ぶ。リリアンヌは水で濡らしたタオルで、慎重に祖父の腕を拭いた。


「お祖父様の左腕にあった古傷が見当たりません。どうしたのでしょう!」

「本当ですね。伯爵、失礼致します」

 執事長は右腕のシャツをめくる。ブロイ伯爵の全身には戦場を駆け抜けた消えない古傷が残るが、それも見当たらない。


「ああ、すごい。やはりノルドは天才だ。怖いのは後遺症だが……」

「そんなものあるわけがありませんよ。ノルドが売るものですから」

 やり取りをしているグラシアスとガブリエルの前に、ブロイが来て頭を下げた。

「お前たちのこと、疑って済まなかった。心からの謝罪と感謝を」

 

共和国一の権力者である老人が、頭を下げるのはいつ以来のことだろうか。


「お祖父様に話に来たのですが……」

 ガブリエルとの会話で決めた教会への礼拝の件だ。

「服にも顔にも血がついてしまった。少し話をしている間に着替えておいで」

「ですが……わかりました。まだ帰らないでくださいね」


 リリアンヌはガブリエルの視線に気づく。血のついた顔に、自然と頬が赤くなる。

 ブロイは控えていたメイド長に薬瓶を渡し、小さな声で囁いた。

 メイド長は慌てて部屋を出て行ったリリアンヌを追った。嬉しそうな表情で。


「それでは、孫娘が戻る間、少し話をしよう。ラゼル王子の件だが、暗殺を狙っていたのは事実だ。捕まえて裁判にかけるのは難しい。奴のスキルの恐ろしさは身に染みている」

 ラゼル王子は、ブロイの放った暗殺者から逃亡を続けていた。


「奴は、シシルナ島に逃げ込んだということですか?」

「ああ、手を出せない二つの場所、聖王国とシシルナ島。共和国の伯爵である以上、利益を無視することは出来ない」

「それより何故、モナン侯国に逃げないのですか?」


 純粋な疑問だ。自分の巣に戻らない理由は何か。嫌な予感をグラシアスは感じていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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