ダンジョンの大扉
ヴァルとサラは互いに背を預け、コープスハイエナの群れに囲まれぬよう警戒しながら斬り結んでいた。
少し離れた場所では、大楯を構えたロッカが立ちはだかり、その影にラゼル王子とダミアーノが身を潜め、剣を構えている。
本来、彼らは囮の役目のはずだった。
だが魔獣にとっては、道の真ん中にある岩と同じ。ハイエナたちは大楯を無視し、素早く坂を駆け上がっていく。狙いはただ一人──ノルドだ。
群れは理解していた。誰を仕留めれば戦いが終わるのかを。
投網を構えるノルドとフィオナの姿に、魔獣たちが一瞬足を止める。
「かかったな!」
意識の薄くなった足元の罠が炸裂し、網が音を立てて縮まる。獣たちの足がもつれ、次々と絡め取られていく。
だが、群れのボスだけは違った。わずかに身を翻し、網をすり抜け、そのまま一直線にノルドへ飛びかかる。
矢が唸り、土の槍が大地を穿つ。シルヴィアの矢、リーヴァの魔法。
そして──フィオナが隠れて放っていたバフが重なり、その威力は格段に増していた。
「やったぁ!」女性陣が声を上げる。
だが、倒れたはずのボスは血に濡れながらも立ち上がる。眼光は揺らがず、再びノルドへと牙を剥いた。
──その瞬間。突風が吹き荒れ、巨体が坂を転がり落ちる。
外から見れば、まるでノルドが手で押し返したように見えただろう。だが違う。助けに駆け寄ろうとしたフィオナだけが、その真実に気づいていた。
「ノルドを……傷つけさせない」
耳に届いたのは、姿を見せぬ妖精──ビュアンの声。
命拾いした安堵よりも、彼女が現れたことの方が、ノルドの胸を熱くした。
その想いは確かに伝わる。
「私がいないと駄目なのね!」
愛おしげな囁きに、ノルドは返す言葉を失った。
その間もラゼルたちは網にかかった魔獣を仕留めようと奮戦していた。
だが鋭い牙と爪で繋ぎ目を裂き、次々と抜け出してくる賢いハイエナに苦戦する。
転げ落ちたボスへと、ヴァルとサラが刃を向ける。
やがて、ダンジョンに響き渡る遠吠え──“諦めた”と告げる合図。
群れは一斉に闇へと姿を消した。
仕留められたのは、わずか数匹。だがコープスハイエナの死骸に価値はない。
ノルドは破れた網を見下ろし、悔しげに呟いた。
「……これでも強度が足りないのか」
「これじゃあ、大損ね」
フィオナが網を拾い集め、ノルドに手渡す。
※
一行は坂道をゆっくりと、気を配りながら下っていく。ハイエナの気配は完全に消え、壁や天井に小さな魔物がぽつりぽつりといる程度だった。
やがて、坂が終わる。ノルドは辿ってきた道を振り返った。
「一階層どころじゃないな。深くなった分、魔物も手強いかもしれません」
ダンジョンの壁は、漆黒に塗り固められたような岩盤。
「おい、荷運び。この壁はどうだ?」
「見たことがない色です……。剥き出しの鉱石もありません」
「ふん、じゃあ採掘だ」
ラゼルの命を受け、ロッカたち採掘部隊がツルハシを振るう。だが硬くて崩れず、表面の砂がわずかに落ちる程度。
「俺に代われ!」
ラゼル自ら全力で叩きつけても同じ結果だった。
さて、どうするか──ふと前方を見ると、微かな光が揺れていた。
ノルドの視線に気づいたのか、ラゼルが微笑む。
「そういうことか。採掘は中止だ。先に進もう」
反対したいノルドだったが、止めることは不可能だろう。
ノルドとヴァルだけであれば、怖くは無いのだが。
緊張が高まる中、光のある方へと進む。そして角を曲がった先に──
複雑な文様を彫刻された、大きな金属の扉が現れた。光を発している。
「この大扉の向こうにいるのは、階層主の可能性が高いです。進むのは危険です」
「ふん。それならなおさらだ」
ラゼルが扉を押すが、開く気配はない。
「フィオナ、お前、押してみろ!」
だが、彼女が押しても動かない。
全員で扉の仕掛けを探したが、見つからなかった。
「どういうことだ、荷運び。お前、俺たちの冒険を邪魔してないだろうな?」
ラゼルの厳しい声が響く。仲間たちの視線が、糾弾するように突き刺さる。思わずノルドは下を向いた。
「この場所に初めて来たんです。扉の開け方は……わかりません」
「ラゼル王子、ノルドは嘘は吐かない」
サラが庇うように告げる。その言葉に、ラゼルは驚いたように目を細める。
「……そうか。なら次に来る時には、開けられるようにしておけ!」
吐き捨てるように言い、王子は来た道を引き返す。
「行きましょう、ノルド」フィオナが声をかける。
「いえ、この扉の図面を書き写したいんです。ヴァル、警戒を」
「そう。じゃあ、例の休憩所で待ってるわ」フィオナはそう言って去っていった。
やがて扉の前には、ノルドただ一人だけが残る。
妖精ビュアンが現れ、叫ぶ。
「いつまであんなやつに付き合うつもりなの、ノルド?」
「……そうだね。もうやめようと思う」
だが、このダンジョンの扉のことは、ビュアンなら調べられるだろう。
それでもノルドは尋ねなかった。
彼の冒険者としての矜持が、それを許さなかったのだ。
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