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悪夢


 ダンジョンの四隅に設けられた、小さな祭壇――休憩所としても使える場所だった。

「着替えてもらって構いませんよ!」

 仲間たちは安堵の声を上げ、コートを脱ぎ、武具を置き、汗で湿った上着と下着を取り替えていく。


「疲れたぁ……」

「もう動けない……」

 ロッカたちの弱々しい声が響いた。

 ノルドは最初に祭壇を清掃し、蝋燭を並べて火を灯す。フィオナも嬉しそうに手伝いに加わった。


「……ここ、精霊王の神殿と造りが同じですね」

彼女が小声で呟く。

 両脇を流れる溝からは、透明な水の音。飲める真水らしい。どこから来て、どこへ流れていくのかは、ノルドにもわからなかった。


 やがて数十の蝋燭がともり、部屋全体が温かな光に包まれる。空気が和らぎ、仲間の緊張もほどけていく。


「食事が終わったら、小さなテントを並べます」

 その夜、宴会はなかった。ラゼルは無言のまま、料理をほんのひと口だけ口に運ぶと、一人用のテントに籠もってしまった。


 いつも放たれるラゼルの持つ魔剣の妖艶な光も、僅かに微細な光となっている。

 残された者たちは驚きつつも、彼の疲れを慮って何も言わなかった。


「今日はよく頑張ったでしょう! 褒めて!」

 サラが甘えるように言う。ノルドは彼女の頭を撫でてやった。

「ノルド師匠に追いつかないと」

 気持ち良さそうに目を細めるサラ。だが実際には、すでに彼女の投擲力はノルドを凌ぎつつあった。苦笑しながらも、ノルドは“まだ自分の方が上だ”と工夫して伝える。


「なるほど、明日はその弱点を克服してみせます!」

 サラの口から出る難しい言葉に、ノルドは内心たじろいだ。彼女は戦いの中で、確実に知恵までも磨いている。

「ワオーン!」

 ヴァルが割り込むように鳴き、ノルドはその頭も撫でた。


 いつの間にか、ロッカたちが片付けとテント設営を終えていた。

「それじゃあ、男と女で二つのテントを借りるよ」

「狭くてすまん」

「いや、これで充分だ」

ノルドはふと問いかける。

「ところで、ロッカさん。炎の穴で、なぜラゼル王子の元へ?」

「……判断を誤った。なぜか守らねばと。シルヴィアにも怒られたよ。すまん」

 頭を下げると、彼らは疲れた様子でテントに消えていった。


「今日はヴァルと寝る」

 肉皿を抱えたサラが言う。

「は? フィオナは?」

「フィオナ、お参りしてる。ノルドが一緒に寝ればいい。強い雄なら当然」

「ば、馬鹿なことを……!」

 顔を真っ赤にするノルド。その空気の変化に気づいたサラは慌てて笑う。

「じょ、冗談! フィオナ来たら、ヴァル返す!」

 フィオナは精霊王の祭壇に向かい、真剣な祈りを捧げていた。


「……俺も少し休もう」

 ノルドは蝋燭の揺らめきを見つめながら、深い眠りに落ちていった。


※※※

「母さん、死なないで……!」

 泣きじゃくる少年。その視界の奥に、ノルドは“入り込む”。

「美人ではあったが、それだけだ。毒ごときで命を落とすとは、貴族の妻には力が足りん」


 冷ややかな声。父だ。

「父上、それは違います。これは病気だ……助けられなくてごめん」

 暖かな手が少年を抱く。兄だ。

 だが父は鼻で笑った。


「統治者に必要なのは冷酷な判断と、ひれ伏させる力だ」


――場面が変わる。

 少年は城の一室にひとり。天井から吊るされた虫籠をじっと見つめる。蝶、芋虫、羽をむしられたバッタ……。机には薬品と解剖道具。


 食事の度に喉を焼く毒。臓腑を掻きむしる痛み。ノルド自身も追体験する。

 毒を盛ったのは、乳母代わりのメイドと養母。赤ん坊の頃から育ててくれたはずの二人の女。


「なぜだッ!」

 心の叫びが闇を震わせる。

 二人は侯爵の手つきになった。だが、絞首刑になっても最後まで誰に命じられたか言わなかった。

 最後に残したのは――「私たちが間違っていた」という言葉だけ。


 再び場面が変わる。

「……レクシオン兄さん」

 猜疑に満ち疲れ果てた兄が部屋を訪れる。ラゼルが初めてその名を呼んだ。


 レクシオンは、虫籠と檻を一瞥する。中では魔物が引き裂かれ、死骸が放置されている。机の上には刃物と薬瓶。

「お茶を……いかがですか?」

 ラゼルがぎこちなく微笑む。


「……俺は王立学園に入学することになった」

 レクシオンはお茶に手をつけず、ただ弟を見据える。

「羨ましいです。僕も将来は学者になりたくて」


「そうか……どんな命でも大切にしろ」

「はい。有効に活用します」

 ラゼルの言葉に、兄は小さく首を振った。


――何かを言いかけ、飲み込む。

 そして黙って背を向け、扉を閉めた。

 残されたのは、虫の鳴き声と薬の匂い。



 ノルドは夢の中で一つの思考に固執する。

「セラ母さんに……殺されかけたら、僕はどうすれば……」

 そして、深い闇の中に引き摺り込まれる。


「ノルド、起きて」

「ワオーン!」

 声と気配が、眠りを破った。


ノルドは目を開ける。そこは精霊王の神殿――ダンジョン四階層。


 しかし、いつもなら真っ先に駆けつけてくるはずの存在がいない。

――精霊ビュアンの姿が、どこにも。

 蝋燭の炎がかすかに揺れ、冷たい影が迫る。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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