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炎穴の迷宮

拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、フォロー、ご評価をいただけると幸いです。


 そんなことを思い出しながら、狭道を歩く。壁にはところどころに、赤い点滅の光がある――それは全て魔物だ。


 その中でも、クリムゾンバイパーと呼ばれる、炎を纏う毒蛇が一番厄介だ。

 それほど大きくはないが、その分、動きは鋭く、皮膚は硬い。小さな鋭い牙を持ち、炎を体内に隠せる。僅かに滲み出る炎がその細い影を壁に揺らす。


 先行する一匹と一人。ヴァルとサラは、壁から飛び出してこようとする魔物をことごとく撃ち殺していく。


 舞うように、ナイフや爪が切れ味よく魔物を裂き、空中に火花が散るたびに、生まれる痛快なリズムに頼もしく感じながら、ノルドは、後方の気配に神経を張る。


「後ろからも来ますから気をつけて」

 後方を守りながら歩くのはノルドとフィアナだ。二人はふと顔を見合わせる。


「たまには私のスキルも見せないとね。でもこのスキルは私しか守れないの」

 カリスは微かに笑って言った。その声と同時に、周囲の空気が歪む。ノルドの予想した通り、彼女の気配は、すうっと消えたように感じられた。隣にいるはずなのに、存在が溶けて輪郭を失う。


「いえ、構いませんよ。その方が安心して戦えます」

 ノルドは淡々と返すが、視線は鋭い。カリスの微笑みは薄いが確かにそこにいる。


「わかるかしら?」

「ただの隠蔽魔術ではないですね。気配遮断や幻影魔術も」ノルドは観察の結果を告げる。

「さすがノルドね。それとこれ!」カリスが指を鳴らすと、補助魔術がノルドに流れ込む。力と敏捷性を同時に引き上げるバフだ。


「ありがとう。これでなんとかなるよ」ノルドは応え、両手にアダマンタイトのナイフを構える。炎の蛇を待ち構え、跳躍の軌道を読む。彼の狙いは相手の動きを封じることだ。


 炎を纏ったクリムゾンバイパーが鋭く飛びかかる。ノルドは一閃――だが、強化された筋力でも、彼ではその硬い外皮を一撃で貫くことはできない。

 代わりに、的確に蛇頭を狙って地面に叩きつけた。鱗からは火花が散り、炎は揺らぎ、やがて縮まる。


 炎が消え、外皮が深く切り傷を負った魔蛇は、逃げようともがいた。

 その瞬間、斜め後方から流れるように動いた影が一閃する。フィオナだ。彼女の短剣が紅蛇の首筋を貫き、音もなくトドメを刺す。動きは静かで、無駄がない。


 ノルドの胸には、戦術的な納得とともに小さな不安が残る。――隠れて見ている妖精が、いつ怒って飛び出さないか。


「これは作戦だからね」ノルドは近くにいるビュアンへと囁いた。

 T字路に差し掛かった。右の道はところどころから火炎が噴き出る穴が並ぶ、火の海に続くような道。左は比較的広く、採掘の通路らしい安定した道だった。


「ワオーン!」ヴァルが雄叫びを上げ、指示を仰ごうとした。

「おい、荷運び、どうせ、良い採掘場は、こっちなんだろう!」ラゼルの乱暴な直感に、誰もが笑みを返しそうになる。しかしノルドは笑わなかった。


 ラゼルは火炎の噴き出す道へと歩き出す。足取りは迷いがなく、まるでそこに価値があることを知り尽くしている者のそれだった。


「少しお待ちください」ノルドが遮った。歩を止めたラゼルの横顔に、興味と軽い含み笑いが走る。

「なんだ、止めたって無駄だぞ。どうせお前は安全な道を行こうとするんだろう?」ラゼルがからかうように続ける。


「いえ、そうではありません。この道を越える為の道具が準備してあります」ノルドの声は落ち着いていた。いや、諦めにも似た心境だった。


『これでは誰が冒険しているんだ?』

 普段ならこんな面倒なことはしない。そう、ノルド達だけなら、妖精ビュアンの水魔法や、ノルドが収納している水樽の山を穴に落とすだけで終わるのだから。だがそれは出来ない。


 ラゼルは立ち止まって言った。

「少しはお前もわかってきたな。それじゃあ早く準備をしろ!」ラゼルの声は温度を含んでいた。屈服させた愉悦の微笑みとともに。


 ノルドは袋から丸い小さな玉を取り出した。透明なスライム状の玉に、白く濁った粉粒が見える。

「これが、消化玉です。これを、火炎の穴に放り投げていきます。

 詳細な説明をさらに続ける。


「完璧ではありません。噴き出す火の勢いによっては何度も投げる必要があります。そして、速やかに通り抜けます、穴に落ちないように気をつけて」

 ラゼルはその説明を静かに聞いて、短くうなずいた。


「よし、荷運びやれ!」彼の声は低く、号令のように聞こえた。

 ノルドが炎の穴に消化玉を投げる準備をしていると、サラが隣に来て言った。


「私に投げさせて!」

「いいよ! やってみる?」

「うん! 楽しみ」

 サラの投げる消化玉は、炎が噴き出る瞬間を予測して、途中で炎に当たらないように避けながら、穴の中央に次々に放り込まれる。


「え? 嘘だろう?」

 投げ武器の師匠であったノルドをいつの間にか、能力で超えている。

「へっ、へっ、へ。秘密だけど、私のジョブはシーフ。そして、スキルを取って使ってるの!」


 本当にただの盗賊だろうか? 投擲スキルと言ってもレベルが低ければ、俺の通常投擲よりも能力値が低いはずなのだが。

「はぁあ」俺の小さい時からの努力は何だったんだ、ノルドは思わず深いため息をついた。


「何? ノルド、落ち込んでるの? あなたはすごい荷運びじゃない?」

 会話をしながら、用意してあった消化玉をサラが次々に投げていく。半分も投げないうちに、炎の穴は一時的に消火された。


「さあ、進みましょう」フィオナが呆れながら、ノルドの肩を叩く。彼女から見たも、彼のジョブをすごいものなのだ。

「はい。それではみなさん。急ぎながら安全に進みましょう」


 穴の中は、消化玉によって、一時的に穴全体に白い膜が張られているが、その下には炎が噴き出し続けていた。膜の上には、気を失っているモグラの魔物もいた。


 ヴァルが、冒険者たちが滑り落ちないように、見張りながら進んだ。

 この階層の怖さはこれからなのだ。


拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、フォロー、ご評価をいただけると幸いです。

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