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提案という名の支配

 魔物遠征討伐が終わり、ドラガンたちは島主への報告に向かうことになった。


「私も一緒に行こう。港町に遊びに行くついでだ」


 冒険者ギルドから千ゴールドの報酬を即金で受け取っていたラゼルは、当然のように同行を申し出た。このダンジョン町には花街がない。彼が港町に向かう理由は、誰もが知っている“いつものこと”だった。


「じゃあ、ここで解散だな。今回の魔物討伐で、二階層はだいぶ整理されたはずだ」


 マルカスが、やりきった満足感を滲ませながら疲れた声で答える。


「島主様に判断を仰ぎます。マルカス様、カノンさん、ご協力ありがとうございました」


 ドラガンたちは礼を述べると、ラゼルを乗せて馬車に乗り込んだ。


「……あのまま行かせて、大丈夫でしょうか?」


 カノンが不安げに尋ねる。


「大丈夫ではないな。サルサ姉さんに報告だ。大事になる前に、手を打たねばな」


 二人は別の馬車に乗り、サナトリウムへと向かった。


 だが、物事はすでに、崖から転げ落ちるように動き出していた。



 島庁に入ったラゼルは、案内役のドラガンを振り返ることもなく、慣れた足取りで廊下を進む。まるで、自分の館にでも帰ってきたかのような様子だった。


「ご苦労様です、ラゼル王子」


 顔見知りの警備が軽く頭を下げる。止める仕草も、警戒の色もない。

 当然のように、彼を通す。


「ラゼル王子、ここに来たことがあるのですか?」


 ドラガンが問うと、ラゼルは肩をすくめて笑った。


「ああ。港町に来るたびにな。ガレア殿も、島主という重圧に苦しんでおる。お前たちには、わからん苦労だ」


「……はあ」


 ガレアは、ドラガンやサガンと同じ元冒険者。激情的だが、芯は理知的で、誰より責任感が強い男。

 そんな彼を、ラゼルが「苦しんでいる」と言った。

 何かが妙に引っかかった。胸の奥が、かすかにざらつく。


 執務室にはすでに関係者が揃っていた。警備隊の刑務所長、警備長、監察室長。そしてその中心に、島主・ガレアが立っていた。


「おお、ラゼル王子。無事に戻られましたか!」


 ガレアは明るい笑みで両腕を広げた。その振る舞いは、つい先ほどまで王子への疑念を語っていた人物とは思えないほどだ。


「はは、見ての通りだ。成果については、ドラガンに聞いてくれ」


 ラゼルは椅子に腰を下ろした。王子という肩書きが許す、限界すれすれのくだけた態度。だが、誰も咎めない。


 その後、副ギルド長のドラガンが討伐の成果を淡々と報告する。部屋には微かな緊張が漂っていたが、ラゼルの口元には終始、穏やかな笑みが浮かんでいた。


 報告が一通り終わったころ、ラゼルがふと口を開いた。


「……ところで、まだ二階層には魔物が多く残っているようだな。もう少し、討伐を継続してはどうか?」


 さりげない提案だった。しかし、その言葉に、サガンが思わず身を乗り出す。


「ですが……王子には、ダンジョン制覇という本来の目的が……」


「もちろん、それは果たす。だが、いま焦る時ではない。基盤を整えるのもまた戦いだ。ガレア殿も、そうお思いでは?」


 ラゼルの視線を向けられた島主は、一瞬、口を開きかけて──何も言わず、黙った。


 その沈黙の一拍で、場の空気が微かに傾いた。


「それと、マルカス殿たちの力添えは、もう必要あるまい。優秀ではあるが、過剰な戦力だ。むしろ、他の冒険者に任せた方が、若手の教育にもなる。どうだ、ドラガン? 今こそ、安全な実戦経験を積ませる好機ではないか?」


 本来、それはドラガンの一存で答えられる話ではなかった。だが、気づけば、口が勝手に開いていた。


「……そうですね。……良い提案です」


 言った瞬間、自分でもなぜそう答えたのかわからなかった。ただ、否定という選択肢が、この空気の中には存在しなかった。


 ラゼルは、満足そうにうなずいた。


「では、ガレア殿。お任せいただけるか?」


 島主は一瞬だけ目を伏せ、静かに顔を上げた。


「……ありがたい、ご提案です」


 それは、提案を受け入れる者の言葉ではなかった。命令を受けた者の返答だった。


「若手の育成……確かに必要かと」


 警備長がぽつりとつぶやく。


「現場での経験は、大きな糧になります」


 刑務所長、監察室長がそれに続く。


「準備はこちらで進めます。王子のご意志に添えるよう」


 全員が、自然とラゼルに従っていった。

 誰も、命じられていない。だが、決定していた。


 最後に、島主が深く頭を下げる。


「討伐継続、承知いたしました。王子の英断に、感謝いたします」


 気づけば、全員がラゼルの言葉に従っていた。

 命令ではなく、強制でもない。だが確かに、支配されていた。


 ふと、ドラガンは我に返る。


 ……自分は、誰の判断を仰ぐためにここへ来たのだったか。

 島主のはずだ。だが、本当にそうだったのか?

 いや、これは島主の政治的な判断だ。――そう、自分は理解している。


 そう理解しているはずなのに、心のどこかがざわついていた。


「まずは、冒険者の参加を募らないとな。サガン、悪いがもう少し付き合ってくれ!」


「ああ、わかった」


 だが、もう“決定されたこと”に、逆らう者はいなかった。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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