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魂を縛る契約と魔剣の魔力

「ラゼル王子のスキルは、暗示して支配するものだ。これは蠱惑の魔剣に備わる力の一つであり、彼のスキルを強化している」


「そうか……それでお前たちは、奴隷というわけか?」

「私たちは……まさに奴隷だ。そして、ラゼルが死ねば、私たちも共に死を迎える」


 その言葉を告げた直後、カリスの瞳から光が一瞬で消え失せた。

 まるで魂を抜かれたかのように、彼女はすとんと膝を折った。

 慌ててセラが駆け寄り、倒れた彼女の身体をそっと抱きしめる。


「……失敗したか。奴の契約は想像以上に強力だ。私の催眠術でも、到底逃れられない」

 サルサの声が冷たく響き、凍りついた空気を切り裂いた。

 二人は、床に横たわるカリスの蒼白な顔を見つめた。

 彼女の唇はかすかに震えていたが、言葉は出なかった。


「カリスは、王国の大学の奨学生だったらしい。天才魔術師と称されていたとも」

 セラの声には、怒りと同時に深い憐憫がにじんでいた。

「しかし、カリスを敵視していた貴族の子息が罠を仕掛け、奴隷にしてしまったのだ」


 語るほどに、セラの瞳は翳り、その奥には怒りを超えた慈しみが宿る。

「……よくある話だな」

 サルサは視線を伏せ、遠くを見据えるように言葉を続けた。


「私も似た経験を持っている。お前も。だが、彼女には救いの手が届かなかったのだろう」

セラから、迷いの混じった声が漏れた。

「サルサ様……これからどうすべきでしょうか?」

 頼る声に、サルサは短く返した。


「明日、マルカスたちが戻るはずだ。まずは彼らの話を聞こう。それから判断する」


 二日目の討伐では、マルカスたちが作戦を大胆に変更した。

「援護はするな!」

 マルカスが断固たる口調でドラガンやサガンに命じる。


 もし彼らが「島主の命令だ」と言って助けに入れば、ラゼルはいつまでも魔剣を抜かないだろう。

 だが、ただ見ているだけでは、何も得られない。

ラゼルの魔剣の力を確認するには、彼をあえて孤立させるほかないのだ。


「手ぶらで帰れば、姐さんに叱られるからな」

 マルカスは皮肉を含んだ笑みを浮かべ、魔物の群れの中にラゼルを置き去りにし、先へ進んだ。

 カノンも軽やかに笑いながら、後に続く。

 ラゼルは二人を慌てて追おうとしたが、一瞬判断が遅れた。


 その隙をつくように、ゾンビやスケルトンの群れが彼を取り囲む。

 爛れた肉の匂い、軋む骨の音が周囲に満ち、腐臭と瘴気が立ち込めていた。

しかし、彼は剣を抜かなかった。


「さて……今のうちに餌を撒くか?」

 マルカスは十字路に立つと、魔物を引き寄せる薬を撒き始めた。

 通路の先から、魔物がざわざわと集まってくる。

 その中には、この階層には珍しい魔獣の姿もあった。


「マルカス先生、やることが……本当に出鱈目ですね」カノンは強引すぎる作戦に呆れ顔だ。

 迫る魔物たちに、マルカスは闇魔術をかけている。

 まるで魔物が彼に操られているかのように、速度を増してラゼルへと突き進む。


「そんな珍しい魔術をお持ちなんですか?」

カノンが訊ねる。

「さすがにこの距離じゃばれるか。秘密だよ。簡単な誘導魔術さ。俺のは、相手がかなり限定されるんだ」


 後衛が抜けたドラガンたちは、迫る魔物の波に必死で応戦しており、援護はできない。

「なぜ、この階層にこんなに珍しい魔獣が集まってくるのだ?」

 ドラガンのぼやきが、張り詰めた空気の中で響く。


 その間にも、ラゼルの周囲には次々と魔物が現れ、重なるように群れていった。

 猛獣が襲いかかる。

 だが、彼はなおも剣を抜かない。

「……これでもまだ抜かないのか?」


 カノンが呟く。

 その声には苛立ちと畏怖が入り混じっていた。

「仕方ない、救助に――」

 マルカスが振り返ったその瞬間だった。


 ラゼルが叫ぶように声を上げた。

 空気が裂ける。

 背中の大剣が、軋むような音を立てて抜かれた。


 その刹那――世界は異質な光に染まった。


 空気は震え、ダンジョンの瘴気が逆流する。

 螺旋を描く妖しい光をまとった魔剣が、音もなく夜を裂いた。


 一体、また一体。

 魔物たちは、砂のように風に削られ、無言で崩れ去っていった。

 その立ち回りは狂戦士のようだが――獣のそれとは違う。冷たく、そして整然としている。


「……なるほどな」

 マルカスの目が細まり、わずかな警戒の色を浮かべた。

「だが、魔力を使っているようには見えないな」

「どういう意味です?」

 カノンが問う。

「奴の能力が、一段階上がったように見える。だが、それだけだ」


 マルカスは魔剣を凝視しながら言った。

「あの剣に蓄えられている魔力――本当の力はまだ目覚めていない。


 この程度では、引きずり出せないようだ」

「どうすれば、引き出せるのでしょうか?」

「いや、あの魔剣に溜まっている魔力の量は、そこが見えない。俺は今まで引きずり出そうと考えていたが、それはとても危険なことじゃないかと考え直したよ」


 さて、どうしたもんか……あの剣について、グラシアスに調べさせる必要があるなとマルカスは考えた。


「さあ、帰ろう。同じ暗闇でもここは落ちつかない」

 ドラガンたちが怒っているのを無視して歩き出した。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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