表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/193

サラとカリス。二人の証言


 カリスの寝ている寝床に、夕暮れの光が静かに差し込んでいた。


 視界が茜色に染まり、身体が光に包まれるような感覚に、彼女はゆっくりとまぶたを開く。

「……まぶしかったかしら。風を通していたの」

 窓際の椅子に腰かけていた女性が、静かに立ち上がった。


 セラと呼ばれたその女が、カーテンを引き、差し込んでいた光を遮る。優しい微笑みが、その横顔に浮かんでいた。

「ええ、少し……。ここは、どこでしょうか?」

「サルサ様のサナトリウムよ。聞いたことないかしら?」

 その名を聞いて、カリスの目がわずかに見開かれる。


 サナトリウム──英雄の余生が静かに流れる聖域。伝説として語られる場所に、自分がいるという現実がまだ信じられない。

「……誰が、私を?」

「ノルドよ」


 セラは、ほんの少しだけ誇らしげに答えた。無邪気な自慢を含んだようなその微笑に、わずかな安堵がにじんでいた。

「サルサ様を呼んでもらうわ」

 彼女は控えていた看護婦に合図を送る。


 その少し前──

 犬人族の少女・サラへの診察、いや、正確には調査は、すでに終えられていた。

「では、脱いで。すべて」


 サルサが静かに告げると、サラは「はーい!」と明るく応じ、臆することもなく服を床に放り投げた。

 あまりの無邪気さに、セラは思わず吹き出す。

「……全部とは言ったけど、あなた、本当に遠慮がないのね」


 だがサルサは、真剣そのものだった。

 冷静な手つきで肌に触れ、魔力循環、反応速度、魔力抵抗値を正確に計測していく。

 やがて、彼女の目が細く鋭くなった。


「……問題は見当たらない。魔力の流れも正常。感応阻害もなし。健康そのものだ。服を着ろ」

 ぱたぱたと服を着直しながら、サラは屈託なく笑った。

「うん! シシルナ島のごはん美味しいし!」

 その無邪気な声に、セラの表情もつられて和らぐ。


「いくつか質問する。答えてくれるか?」

「いいよ!」

 サルサは、ラゼルのスキルについて尋ねた。

「ラゼルに、スキルを使われたことは?」

「うーん……わかんない。王子のスキルって何?」

「私の目を見ろ」


 サルサは視線に魔力を込め、精神干渉を試みた──

 だが、反応はなかった。

「目が黒い!」

 サラはただ、楽しげに笑うばかり。

 術式は通らない。精神干渉は完全に遮断されている。あのマルカスにすら通用した術が、少女にはまるで意味を成さない。


 次に、サルサは薬玉を取り出して見せた。

「あ、それ。ラゼル王子に飲まされたやつ。ふわふわして変な気分になるんだ」

「飲んだ翌日、体調は?」

「ううん、そんなに悪くならないよ。ただ、王子の剣が光ると、体の中の魔力がすうっと抜けてく感じがするの。次の日ちょっと疲れてる」

「……魔力吸収の感覚があるということだな」


 そして、サルサは核心を突く。

「なぜ、君はラゼルと一緒にいる? 従っている理由を聞かせてくれ」

「うん、サラはね、王子から盗みをしようとして、捕まっちゃったの」


 屈託のない声に、セラの眉がわずかに跳ねた。

「それで……ラゼル王子の奴隷、なのか?」

 その問いに、サラの笑顔がふと止まる。

 口が、ぴたりと閉ざされた。


──沈黙。否、これは“話せない”。

「……答えられないか。契約で言語制限がかかっているな」

 サラは小さく頷いた。

「ありがとう。カリスは、私が責任をもって治療する。安心したまえ」

「助けてくれて、ありがとう!」

 明るい声を残し、サラはサナトリウムを出ていく。


 サルサはその背を、窓辺から黙って見送っていた。

 風が吹き抜け、カーテンがわずかに揺れる。

 やがて、セラが静かに問いかけた。

「あの子……スキルも薬も効かなかったように見えました」


「ああ。まったく通じなかった。私の催眠スキルが効かぬなど、ありえぬことだ。あれはマルカスにすら通用する術だぞ」

「なぜ……?」

「──あの子は、先祖帰りしておる。通常の犬人族とは違うのだ」

 淡々と告げながらも、サルサの瞳は深く沈んでいた。


 畏れ、驚き、そして……静かな探究心。

「おそらく、ラゼルのスキルも通じていない。魔力を吸われても、蚊に刺された程度の反応だろう。毒薬すら、体内で分解してしまうかもしれん。あれは……原初の血だな」


 室内を、再び沈黙が支配する。

 カーテンが揺れるたび、夕暮れの余韻が静かに落ちていく。

 セラは何も言わず、ただ医師の横顔を見つめていた。


「起きたか? 具合はどうだ?」

「ありがとうございました。もう大丈夫です」

 サルサはカリスの体を軽く確かめ、深く息を吐く。


「いや、はっきり言って──このままでは、近いうちに死ぬ」

「……そうですか」

 カリスはサラとは違う。普通の、しかし優秀な人族の魔術師──


 サルサは、同じ質問を投げかける。

「お前、ラゼルにスキルを使われたことは?」

「あの人は……いつも使って……」

「どんなスキルだ?」

「……」


 口が動かない。契約による言語制限が、意識の奥底に杭を打つ。

 ラゼルの不利になることだと脳が判断した瞬間、言葉が霧散する。


「厄介だな。わしの目を見ろ」

 サルサが告げた瞬間、カリスの瞳が虚ろになり、夢遊病者のように起き上がった。

「立ち上がりなさい」


 ふらりと立ち上がるその姿を見て、サルサは小さくうなずく。

「効きすぎなくらいだな。お前……ずいぶん弱っているのだな」


 そして、同じ問いを繰り返した。

「どんなスキルだ?」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ