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王にすらなれる男 ※蠱惑の魔剣40


 シシルナ島、ダンジョン第二階層。

 ラゼルの戦い方は、出鱈目だった。自ら魔物の群れに躊躇なく飛び込み、状況の把握すらしない。そのせいで、後衛が包囲されることも珍しくない。


「奴は、魔物の仲間じゃないのか!」

 叫びながらも、マルカスはスケルトンを次々に粉砕していく。笑みさえ浮かべながら。

「笑ってる場合じゃないわよ!」

 カノンが鋭く返しながら、ゾンビの首を一閃で落とす。


「どうせゾンビなんて、倒してもまた復活するぞ!」

「引き連れて歩くよりマシでしょ!」

「……それもそうだな。そっちは任せるよ。……それにしても、ノルドの消化薬、効くな」


 彼らは後衛の位置にありながら、近接戦闘に長けていた。とくに最上位ランクのマルカスにとって、この程度の敵はむしろ肩慣らしにすぎない。スケルトンを骨の芯ごと叩き砕き、蘇生の余地を消していく。

 ふと先方を見やった彼の目に、奇妙な光景が飛び込んできた。


「……おい、あれを見ろ。ドラガンだけじゃなくて、サガンまで前に出てるぞ」

 本来、計画ではラゼルに魔剣を抜かせるまでは、彼一人に戦わせるはずだったはずだ。

「サガン、左に回り込め!」

 指示を出しているのは、他でもないドラガンだった。


 だが、ラゼルは味方の位置など意に介していない。いや、そもそも誰がどこにいるかなど、視界にすら入っていないように見えた。

 それなのに、彼を中心にして戦線が自然と形作られていく。気づけば誰もが、否応なく彼の渦中に巻き込まれていた。


 一息つける隙に、マルカスがドラガンに声をかけた。

「どういうつもりだ?」

「どう、とは?」

 問いの意図が掴めず、ドラガンは困惑していた。

「ラゼルに魔剣を抜かせるまで、奴一人で戦わせるはずだっただろう?」


「しかし……島主様から、彼を“守るよう”命じられていまして」

「……過保護すぎるな」

 マルカスは言葉を切り、納得しきれないまま沈黙した。


 この一日で討伐した魔物の数は相当なものだった。だが、ラゼルの戦法ではほとんどが再びダンジョンに飲み込まれ、時間とともに蘇るだろう。

「やれやれ、骨折り損だな」

「普段から飲んだくれてるから、いい運動になったでしょ?」


 カノンは軽口を叩きながらも、後衛でありながら群を抜く討伐数を誇るマルカスの技量には、密かに舌を巻いていた。

「では、三階層まで進んで本日は終わりとしましょう」


 ドラガンの言葉に、誰もがうなずいた。あれほど暴走していたラゼルすら、今は素直に従っている。まるで、本番がこれからであるかのように。



 三階層の休憩所では、すでに手配された冒険者と荷運び人たちがテントの設営を終え、食事も整えられていた。

「ドラガンさん、では失礼します。あちらにおりますので」

「ああ、アレン、助かる!」


 補助要員の一人、アレンは自身の待機区画へと戻っていった。給仕役として、女娼婦たちも数人控えている。

「……どういうつもりだ、ドラガン?」

 マルカスの声が低くなる。まるでダンジョン内で宴でも開くつもりか、と言わんばかりに。


「いえ……これが、ラゼル王子の探索の“通常”です。普段はノルド君が準備していたのですが、今回は不在でして。島主様とも相談のうえ……」

「ドラガンを責めないでください。……これは、島主様のご指示です」


 サガンが思わず口を挟んだ。自身の中に芽生えた違和感を押し隠しながら。

 そのやりとりに興味を示すこともなく、ラゼルは女娼婦たちと笑い合っていた。


「あ、カノン姐さん」

 彼女はラゼルの輪に加わり、場を盛り上げたかと思うと、あっさりその場を離れる。どう守るべきか、瞬時に判断していた。


 贅沢な食事。選び抜かれた高級ワイン。ダンジョンの底に似つかわしくない饗宴。

 ラゼルの音頭と共に、宴は始まった。

「マルカス、珍しいじゃない。飲まないの?」


「いや……やめておく」

 いつもは真っ先に酔い潰れる彼が、今夜に限っては酒を控え、周囲をじっと観察していた。



 夜。

 激しい戦闘の疲れと、カノンたちによってラゼルが酔い潰されたことで、宴はお開きとなった。

「ああ、疲れた……何の罰ゲームだこれは」

 マルカスのテントを訪れたカノンは、体調が優れないと告げた。


「カノン、気づいたな?」

「ええ……ラゼルの剣、妖しく光ってた。私たち以外、まるで操られてるみたいだった……言いすぎかしら?」


「いや、言い過ぎじゃない。たぶん、俺にはラゼルのスキルも、あの剣の力も効かない。種族特性ってやつだな。だが、それすら貫通しようとしてくる」


 マルカスの血には、古の吸血鬼の力が流れている。

「私は……?」


「はは。お前は“あの呪い”を宿してただろう? 怪我の功名ってやつだ。だが、人族には効くみたいだな」

 きっと、サルサはそれを見越して、この編成にしたのだ。


「……それでも、気分悪いわ」

「そりゃあ、体が抗おうとしてるんだろうな。あのスキルか、剣か……あるいは、その両方に」


 ノルドの酔い止め薬を受け取り、カノンは「助かったわ。おやすみ」と一言残して、女性たちのテントに戻っていった。


 ひとり、残されたマルカスは、テントを出て夜の空気を吸い込んだ。


 そして、ダンジョンの中央にそびえるエルフツリーを見上げ、低く呟く。


「奴の狙いは、本当にダンジョンなのか……。人の自我すら貫通するスキル。あれがあるなら……奴は、王にさえなれる」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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