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監視の檻 ※蠱惑の魔剣39

  ダンジョン前の広場には、すでにドラガンが召集した面々が揃っていた。癖の強い顔ぶれが並ぶ。油断ならない気配が、そこかしこに漂っている。

 ──だが、それより問題だったのは、誰が時間通りに現れるかだった。


  医師マルカスは、助手のカノンに手を引かれて到着した。ラゼル王子は、フィオナに伴われて姿を見せた。

  予定通りの面々が揃った、というだけで、全員が無言の安堵を漏らす。

「それでは、ラゼル様。ここで失礼いたします」


  フィオナは凛とした所作で一礼し、静かに列から離れる。ラゼルはその背を一瞥したのち、一瞬だけ頼りなげな眼差しを浮かべ──すぐに表情を整えた。

 カノンの姿に気づいたのだ。


「やあ、カノンじゃないか。お前も来ていたのか?」

「ええ、ラゼル様のご活躍、この目で拝見したくて」

「ふふ……うまいことを言う。──まあ、期待していてくれ」


 軽口を交わすふたりの間には、穏やかだが妙に馴れた気配があった。カノンが営む港町の娼館──そこに通う常連になりつつある男が、他ならぬラゼルだったのだ。

 サナトリウムの院長である姉・サルサの要請により、医師マルカスには魔物討伐隊への同行が命じられた。

 ちょうどその頃、彼の医院には連日、不可解な症例が持ち込まれていた。


 ──患者は、娼婦たち。

 その中には、カノンの店の娘も含まれていた。

 共通する症状は、魔力欠乏と魔力酔い。

「魔術の使用歴もなし。魔物との接触歴も──ないわ」

「それでいて、全員が前日にラゼルと同衾していると?」


 カノンの声音は低く、だがその芯には、凍えるような怒りが潜んでいた。

「──なら、話は早い」

 マルカスの声が重くなる。


「だが、人族であるラゼルが魔力を吸ったとすれば、それこそが異常だ」

 彼の眉間に深い皺が刻まれる。

 魔力酔いとは、本来、強すぎる魔力を受けた際に、肉体が拒絶反応を起こす現象だ。


 一方の魔力欠乏は、魔術の酷使や、魔力吸収布の使用などで起きるもの。

 だが、今回の娼婦たちは皆──「内側から何かをむしり取られたような感覚だった」と訴えている。

「……だとすれば、どうやって魔力を抜いた? 抜いた魔力は、どこに消えた? 何に使われた?」

 マルカスの目が、鋭く細められる。


「ラゼルの正体は──」

 問いを飲み込むように、彼は沈黙した。

「どういうことですか?」

 カノンが静かに問いかける。その声には感情が乗っていない。けれど、その無感情こそが、怒りの深さを示していた。マルカスは淡々と答えた。


「人族の魔力は、基本的に他者に渡せない」

「同様に、他者から吸収することも、供給することもできない。……それが、この世界の常識だ」

 だから、魔力が枯渇すれば、外部から魔力を補う手段──たとえばマジックポーションを使うしかない。

 だがそれは一時的な凌ぎでしかなく、精神への負荷も極めて大きい。


「つまり──他者の魔力を使うという行為は、理論上、存在しない。成立しないんだ」

 それにも関わらず、ラゼルの周囲では、明らかに常識を超えた現象が起きていた

 だが──ラゼルを取り巻く異変は、その常識を覆している。


「……魔剣よ」

 カノンの脳裏に浮かぶのは、ラゼルの背に負われた、妖しく光を放つ一振り。

 まだ確信はない。けれど、マルカスなら──必ず何かを見抜く。


「それと──ラゼルが使っている媚薬について、姉さんから情報があった」

「媚薬、ですから」

「猛毒性のある特殊なもの。魔力酔いの患者からは検出できなかった。一度限りの使用では痕跡が残らないのかもしれないけれど……」カノンの声が、深く沈んだ。


「女を──道具みたいに扱う奴は、許せない」

 怒声も、罵倒もなかった。

 ただ、静かに燃える意志がそこにあった。


「尻尾を掴んで、叩き潰す」

「……怖いな。酒でも飲まんとやってられんな」冗談めかしつつ、マルカスが酒瓶に手を伸ばしかけ──

 パシン、とカノンの指が彼の手をはたいた。

「ダメ」

 その手は、誰よりも冷静で、誰よりも怒っていた。


 そんな経緯で参加したマルカスとカノン。

 そしてもうひとり、半ば強制的に加わることになったのが、サガンだった。

「……だから最初から事件になるって言ったんだよ」

「仕方ないだろう、政治だ。お前も問題起こしたんだから」


 渋面を浮かべるサガンに、ドラガンが低く返す。

 とはいえ、パーティリーダーである島主ガレアの命令には、彼なりの義理もある。

 文句を言いつつも、従うしかなかった。

 ──結局のところ、全員がラゼルの監視者だったのだ。



「さあ、行きましょう」

 ラゼルは、あたかも自身が隊長であるかのような口調で、ダンジョンへと歩を進める。

 己を取り巻く空気に気づいていないのか。あるいは──意図的に無視しているのか。

「この面子を前にして、よく堂々としたものだな……」


 サガンが苦笑し、他のメンバーに視線を送る。

 この討伐隊の戦力を、彼はすでに見極めていた。


 一番の実力者は、間違いなくマルカスだ。

 だらしない私服姿に、腰の剣一本という軽装。眠そうな目つきのくせに、一点の隙もない。


 その次が──カノン。

 マルカスと笑顔で言葉を交わしていても、彼女の周囲には一種の緊張感が張りつめている。

 瞬時に反撃へ転じる刃のような空気。

 

 そして、もっとも戦闘力に劣るのが、ラゼルだった。

「餌は元気なほうがいい……ってか」

 マルカスが笑顔を浮かべる横で、ドラガンは重々しく頷いた。

 大楯に厚い防具をまとった彼の顔には、明らかな不安の色が浮かんでいる。

 

 ダンジョン内部では、ゾンビとスケルトンの群れが出現していた。

 それらに対し、ラゼルは迷いなく突撃し──腰の平凡な剣を両手で抜く。

 背の剣では、ない。誰もが、その魔剣が抜かれる瞬間を警戒していた。

 

 だがラゼルは、背後から迫る魔物に囲まれながらも、それを抜こうとはしない。

 必死の防戦。その剣筋には、剣術の型も魔法の兆しもない。

 

──まるで、囮のようだ。

「……仕方ない、助けに行くか」

 ドラガンが低く呟き、盾を構えて駆け出した。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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