表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/192

沈黙の裏通り ※蠱惑の魔剣37

 グラシアスは、セイとガブリエルを連れ、共和国の奴隷商人ギルドへと足を運んでいた。

 朝の陽射しは高く、広い通りに影が伸びている。石畳は清掃が行き届き、通りには香木の香りが漂っていた。だが、彼らの目的地は、そんな表通りにはない。


 裏通り――それこそが、共和国のもうひとつの顔だった。

「ところで、グラシアスさん。三年前の祝祭、覚えてますか?」

 道中、何気ない風を装ってセイが問いかける。けれどその声音には、記者特有の癖がにじんでいた。相手の反応を、冷静に測るような。


「ん? 三年前……ああ、確かサナトリウムにセラ様を迎えに行って、その後セラ家でノルド君とホームパーティだった気がするな。いやあ、楽しかった」


 懐かしげに微笑むグラシアスを見て、セイは目元を引きつらせた。

「……それ、ただの思い出話じゃないですか」

 呆れたように言いつつも、その声は柔らかい。だが、その言葉の芯は、明確だった。


「聞きたかったのは、その後に起きた『共和国での聖妹誘拐未遂事件』について、です」

 隣でガブリエルが、静かに微笑んだ。

 それは、相手を責めるでも糾弾するでもない。けれど――その笑みの奥にあるまなざしは、揺るがず真実を見据えていた。


「ああ……あれか。アマリがナンパされて、ネフェルがぶちギレたやつだろ?」

 グラシアスの声には、軽い懐古の響きすらあった。

 セイがぴたりと足を止める。


 大きくはないが、はっきりとした溜息をついた。

「……それ、ぜんっぜん違いますよ。いや、ほんとに」

 そう言って、視線をガブリエルに送る。言葉は、彼に委ねられた。


「私は、その場にいました」

 ガブリエルは、かすかに目を伏せ、静かに続けた。


「あれはまぎれもなく、誘拐未遂でしたよ。明確な意図を持った、狙い撃ちの」

「そうなのか……」

 グラシアスは、そこでようやく眉根を寄せた。記憶の奥を掘り起こすようにして、口を閉ざす。


 ネフェルが理性を失った姿――そんなものは、確かに滅多に見られない。

 彼女は、いつも快活に見えて冷静だ。例え妹のことであっても。なのに、あの時は違った。

 思い返してみれば、その時点で気づくべきだったのかもしれない。


「……僕が記事を書きました」

 セイが再び口を開いた。その声音は平坦で、感情は抑えられている。けれど、静かな怒りがにじんでいた。

「証拠も、証言も、取っていました。ですが……最終的に掲載されたのは、不審者による侵入未遂という、まるで別の事件です」


「……は?」

 グラシアスが眉をひそめる。

「不審者って……そんな、ぼやけた表現で?」

「ええ。屋敷へ不審者が侵入し、聖妹に接触を試みたという体裁になっていました。警戒強化を促すだけの記事です。犯人の名前は出せず、動機にも触れない。あれじゃ、真実なんて何一つ伝わらない」

 セイの声に、悔しさが滲んだ。


「つまり、揉み消されたってことか」

 グラシアスは呟いた。驚きは少ない。けれど、確かな嫌悪がその言葉に滲んでいた。

「誰がやった?」

 短く、低い声だった。


「実行者は……ラゼル王子です」

 その名が出た瞬間、三人の間に一拍の沈黙が落ちた。

 グラシアスは、言葉を失ったまま、眉を寄せた。


 そこまでのことを、平然とやってのけていたと? ラゼル王子。その本質は未だ誰にも掴めていない。

 けれど、今やっと、グラシアスも確信する。

 あれは、ただの問題児なんかじゃない。


 そうして話しているうちに、目的地が近づいていた。

 裏通りに入ると、風景ががらりと変わる。

 石畳は薄く黒ずみ、建物の壁もひび割れていた。けれど、その奥に建つ奴隷商の館やギルドは、どれも異様に大きく、過剰なまでに装飾されていた。


 表通りの整った商業建築とは違い、ここには見せつける富が露骨に並んでいた。

 共和国の本音が、そこにあった。

 奴隷たち、商人たち、そして客らしき人々が、忙しなく出入りしている。


 聖王国の閑散とした奴隷商とは、まるで世界が違った。

「……恥ずかしいことです。しかし、これが共和国の現状です」

 ガブリエルが呟いた声には、僧衣の裾を重く引きずるような沈みがあった。彼は、そっと目を伏せる。


 奴隷商人ギルドの受付で、ギルド長へ面会の約束があることを告げた。

「お待ちください」

 受付に立つエルフの女性が、静かに頭を下げた。

 その肌は白磁のように滑らかで、髪は絹糸のように整えられていて、微笑みは完璧だった。


 その首筋には、奴隷紋が浮かんでいる――彼女自身は、それを隠そうともしない。

 ギルドの中は、歴史ある高級宿のようだった。絨毯は厚く、装飾は磨かれている。

 やがて、高層にあるギルド長室に通される。そこはまるで、王国貴族の私室のように整えられていた。


「高名なグラシアス商会長にお会いできて光栄です。モンクです」

「いえ、こちらこそ、お忙しい中時間をいただきまして」

 共和国の奴隷商人ギルドのギルド長モンク。この大陸の奴隷市場を牛耳っている男である。


「ザワンから話は聞いております。ラゼルの件ですね」

「ええ。安心ください。記事にしませんから」

 モンクが、同行者のセイを気にしているのを察知して答えた。


「奴と我がギルドは無関係ですよ」

「モンクギルド長が、可愛がっていたと聞いておりますが」

 セイが質問すると、温厚そうな顔を一変させてモンクは睨んだ。


「知っていることを教えてくれませんか? ネフェル聖女にはうまく話しますので」


 グラシアスとネフェル聖女の関係を知らぬモンクではない。そして、モンクがこの大陸で唯一恐れている人物


――それが、ネフェルだった。もう一度怒らせれば奴隷制度自体を廃止させられてしまうだろう。


「ああ……聖女様のご意向とあれば、恥ずかしい話ですがお話致しましょう」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ