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港町の朝とノルドの実家 ※蠱惑の魔剣魔剣35


 港町で一番の賑わいを見せる店がある。かつては小さな高級食料専門店だったが、今では食堂の主婦から貴族の料理人、冒険者まで様々な客が集う、総合雑貨店へと姿を変えていた。品揃えも豊富で、店員の数も増えた。


「いらっしゃい、ノルド」

 小さな声でそう言ったのは、ノシロの娘――三歳のニコラだった。恥ずかしげに、父親の後ろにぴたりと隠れている。

 ヴァルが近づくと、ニコラの目がぱっと輝いた。


「ヴァルだあっ!」

 嬉しそうに駆け寄り、飛びついて抱きつく。ヴァルも、慣れた様子でその小さな体を優しく受け止めた。

 ノルドは、その様子に目を瞬いた。

「え……仲良いな。いつの間に……?」

 すると、店の奥からノシロの妻、エルフのリジェが笑いながら説明してくれた。


「ヴァルはよく来るのよ。ニコラとも、すっかり仲良し」

「知らなかった……」

 どうやらノルドが実家で寝ている間に、ヴァルは港町でも用心棒をしていたらしい。ニコラが抱きついたまま離れないので、ヴァルはその小さな体にすり寄り、鼻先をこつんと当てて応える。


「ノルド、今日は魔兎でも持ってきたのか?」

 ノシロが笑いながら尋ねた。

「いえ。今は禁猟期間です」

 普通、魔物に禁猟など存在しない。だが、ノルドがあまりに魔兎を狩りすぎたため、例外的にこの地域だけで導入されたルールだった。


 ――このままでは生態系が崩れてしまう。時期と数を制限しなさい!

 そう強くセラに叱られたノルドは、魔兎の脂が乗る祝祭前の一ヶ月だけ狩るようにした。大切な森を壊すわけにはいかない。共存のための、慎ましい選択だった。

 本当はノシロにゆっくり話を聞いてもらおうと思っていたのだが、店が混んでいたため、食料品や保存油などを買い揃えたのみで店を後にした。


「まいどっ! 今度、ゆっくり来てくれよな!」

 ノシロの大声に手を振り返しながら、ノルドは町外れの道具屋へと向かった。


「いらっしゃい、ノルド先生」

 ドアをくぐった瞬間、挨拶してきたのはドワーフの店主、ガスだった。

 この店には建築道具や釘、ねじに並び、壁には投げ罠、投石器、ナイフなどの冒険用道具がずらりと並ぶ。机の上には、ノルドの薬瓶が整然と並んでいた。


「先生はやめてください。今日は投石用の石と、投げナイフを売ってもらえますか」

「何を言うか。あんたのおかげで、魔物の森に入る初心者の怪我が減ったんだ。感謝してるよ。それに……わしも儲かってる。ははは、今すぐ用意するよ」


 この世界では、魔物を倒すことでしか人は成長できない。ジョブすら得られない。敵対しながらも、互いに必要とする――歪な共依存関係。

 装備の整わぬ貧しい初心者たちは、なけなしの金で粗末な道具を揃え、命がけで森に挑むしかない。


 この店は、ノルドが初めて罠用の材料を買った思い出の場所でもあった。武器屋で武器すら買えぬ子供たちもいることに、ガスと話すうちに気づいたのだ。


 ――俺は恵まれている。それは母さんのおかげだ。だからこそ、知恵を出す。俺にできるのは、それだけだ。

「本当は、知恵こそが力なんだぞ。それを惜しみなく分け与えてくれた。感謝してる。……薬もな」


 ガスの言葉に、ノルドは小さくうなずいた。

 壁に並ぶ投げ罠や投石器は、ノルドの工夫によって生まれた簡易武器。安く作れるように設計され、ガスの店で子供たちに安価で提供されている。ほとんど儲けなど出ていない。


「消耗品は、この店に限るね」

 ガスに褒められ、ノルドは照れくさそうに呟いた。

 投石用の石は、貧しい子供たちの小遣い稼ぎで集め作られたもの。磨く手間も惜しい今のノルドにとって、助かる一品だ。


「薬が減っていたろう。少し置いていくよ」

「助かる」

 それは売り物ではない。初心者の子供たちが、森で傷ついたときのための治療薬だ。

 受け取った品を大切に鞄へ収めると、支払いをして、ノルドは店を出た。次に向かうのは、実家だった。


「お帰り、ノルド」

 実家に居たのは、リコだった。リコは、この家の管理もしてくれている。

 蜂の世話と蜂蜜の採取を終えたばかりの彼女は、養蜂服を脱ぎながら言った。


「リコ、あっちで着替えろよ!」

 ノルドが顔を赤らめて言った。

「汗かいちゃった。ノルドなら見ても良いけど」


 リコがからかうように笑ってくる。

 いつもの調子だ。気が抜けるようなやりとりに、ノルドは小さくため息をついた。


「ノルド、リコ。いますかぁ?」

 そんな時、サラの声がした。ニコラの診察はすぐに終わって、孤児院に遊びに行く途中で気がついて、臭いを辿ってやってきたらしい。


「わー。サラ先輩だぁ!」

 半裸のまま、飛び出していくリコ。

「へ? 何やってんの、昼間っから!」

 完全に誤解しているサラが冷たい視線をノルドに投げつけてくる。ノルドは口を開きかけたが、諦めたように首を振った。


「もう、違うから……」

 そう言いつつ、ノルドは顔をしかめて蜂蜜の瓶を手に取った。

「ヴァル、行くよ!」


 ヴァルがくいっと尾を振って応じる。蜂蜜飴を作るため、ノルドは作業場へと向かった。

 彼女たちの笑い声と軽口が、背中にやわらかく響いてくる。


 ――騒がしいけれど、悪くない。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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