命の軽さ、毒の重さ ※蠱惑の魔剣33
ラゼル探索部隊は、冒険者ギルドに戻ると、いつものように清算と探索報告を済ませた。
「千五百ゴールドですね」
ノルドが計算を終えると、仲間たちの間に歓声が上がった。ラゼルの同行に反対していたロッカたちでさえ、無邪気に笑い合い、喜びを分かち合っている。
その様子を、シルヴィアたちは少し離れた位置から見下ろしていた。冷ややかに、けれども勝ち誇ったような微笑を浮かべて。
体調を崩したカリスは、ヴァルの背に乗せられて、サラが付き添い、先に宿へと戻っていた。
「ラゼル様。以前ご相談していた魔物討伐隊の件ですが……ご参加いただけますか?」
ドラガンの問いかけに、ラゼルは一瞬の迷いもなく頷いた。
「もちろんだ」
「ありがとうございます。それでは明後日から、数日かかることになりますが……」
「かまわん。ところで、女の冒険者はいるのか?」
唐突な問いに、ドラガンの表情がわずかに翳る。返答に困るように、乾いた笑みを浮かべた。
だがそのやり取りを聞きつけたシルヴィアたちが、すかさず声を上げた。
「私たちも参加したいです!」
あからさまな期待と献身の入り混じった声。だが——
「ありがとう。……すまないが、今回の討伐隊の参加者はすでに決まっていてね」
申し訳なさそうに断るドラガンが、淡々と参加者の名を読み上げる。
ドラガン本人。元貴族の医師マルカス。その助手で娼館の主人でもあるカノン。そして、監察官サガン。
その名が出そろった瞬間——
ノルドの顔色が変わった。強張り、血の気が引く。
「ノルドは……参加しなくていいよ。薬だけ提供してくれれば助かる」
ドラガンの言葉に、ノルドは深く息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「すごいメンツだな……後をつけて、戦闘風景でも見てみたいくらいだ」
ようやく気の抜けた冗談を口にできたその顔に、ドラガンはただ、わずかに眉を寄せて微笑を返した。
※
ドラガンが島庁に呼ばれたのは、前日のことだった。
「ラゼル王子の探索状況は?」
島主の問いに、ドラガンは慎重に言葉を選びながら答える。
「ただいま、第二階層を探索中です。進行は順調かと」
だがその報告を聞いた途端、島主の顔は曇った。
「……どうやら、ラゼルという男は、我々の想定を超えた問題児のようだ。ニコラ様から、直々に通達があった」
それは——ノルドが持ち帰った猛毒性の媚薬、そしてラゼルの職業が「奴隷商人」であるという、二つの報告だった。
「すいません。それで……どう動きましょうか?」
「奴が自分の奴隷にどんな薬を使おうが、職業が何であろうが……法には触れん」
島主は静かに言った。その声の奥には、感情を抑え込んだ鋭さがあった。
「だが問題はそこじゃない。奴の真の目的だ」
そして導き出された策は——ラゼルを周囲から孤立させ、監視の隙をつくるというもの。
「お前とサガンだけでは不十分だろう。……実はサルサ様から、マルカスとカノンも協力せよとの命が下った」
「……島外追放の方が早いのでは?」
ドラガンがぼそりと呟いたその声に、島主は薄笑いを浮かべて応じた。
「できるもんなら、とっくにしてる。だが——ここはシシルナだ。この島のルールが、すべてを決める」
その言葉の奥には、苛立ちと焦りが滲んでいた。
「慎重に進めてくれ。だが——お前には権限を与える。任せたぞ、ドラガン」
自由を謳うシシルナ島。その理念の裏には、法の届かぬ者たちを裁く冷たい秤がある。
そしていま——その秤の片方に、ラゼルという名が、静かに載せられた。
いや、そう彼らは思い込んでいた。
※
探索翌朝、ダンジョン町・ノルド家。
「ノルド、助けて!」
甲高い悲鳴のような声に、ノルドは目を覚ました。
「サラの声……?」
扉の前で、うたた寝していたヴァルが反応し、素早く扉を開けて彼女を通す。
「カリスが……死にそうなの! 早く来て!」
体調を崩して宿で休んでいたカリスが、早朝になって突然、苦しみだしたらしい。
「誰かカリスを見てるのか?」
「ううん……ラゼル様は討伐隊に出かけて、フィオナも付き添って、その後用事にで出かけた。……ノルドに頼れって」
なんて奴らだ……だが、普通の病気なら、ポーションで治るはずだ。となれば、これは——
「わかった。ヴァル、行くぞ!」
赤錆屋では、あいも変わらず賭博が行われていた。
「用事なら早く済ませて帰ってくれ!」
宿主はノルドたちの顔を見るなり、逃げるように奥へと引っ込んだ。
ラゼル一行の部屋に入ると、そこにはポーションを使った形跡があった。だが……
寝台に横たわるカリスは、呻き声すら出せないまま、苦しそうに寝返りをうっている。
全身が冷や汗で濡れ、白い肌に生命の色がなかった。
「どうする……?」 名医マルカスも、討伐隊参加で不在だ。
「サナトリウムに頼るしかない……診てくれるかは分からないが、行くしかない」
ノルドは、朦朧とした意識のまま横たわるカリスを背負った。
その瞬間、彼は驚いた。
「……軽い」
体の重みも、命の重さも、そこには——なかった。
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