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壊れていく静寂 ※蠱惑の魔剣32


 ノルドは、宴のざわめきを遠くに感じた。

 ラゼルを囲む笑い声が、かすかに、耳障りに響く。


「……ああ、そういうことか」

 呟きは、自分自身に向けられたものだった。


 その夜。

 ノルドは、テントの隅で薬品を調合していた。

 静まり返った空気。宴の名残は、もうどこにもない。皆、眠りについている。


 だが、眠れない。

 カリスの沈黙。

 探索中の違和感。

 あの二人の、ラゼルへの過剰な同調。


 ――考えるべきことが多すぎる。

「ノルド、少しいいかしら?」

 テントの外から、静かな声。

 覗くようにして立っていたのは、フィオナだった。


「……どうしましたか?」

「お酒を飲みすぎたみたい。解毒薬を、もらえないかと思って」


 嘘だ。

 顔はうっすらと紅潮しているが、目は澄んでいる。言葉も滑らかだ。

 何より、匂いが違う。いつもの酒席での彼女とは違う。


「……そんな必要があるようには、見えませんが」

 声が、尖った。

 自分でも驚くほどに。


 フィオナは、少しだけ目を見開いた。しかし、すぐに柔らかく笑ってみせた。

「ごめんなさい、試すような真似をして。あなたの実力は理解しているつもりよ。カリスとも話してる」

 その言葉が何を意味するか。考える前に、ノルドの警戒心が跳ね上がる。


 ──何を見抜かれた?

 ──何を引き出そうとしている?

「そろそろ、あなたたちの目的を教えてくれませんか?」

「そう……それは、協力してくれると思っていいのね?」


 しまった。

 ノルドは、唇を噛む。


 選択肢を与えているようでいて、答えを選ばせているのは彼女のほうだ。

「……いえ」

「そう、残念だわ」

 短く息を吐く音。


 そして、声のトーンが変わる。低く、静かに。


「じゃあ、一つだけ。今日の探索で、あなたが気づいたこと──何かあったかしら?」

 ノルドは、答えなかった。目を逸らさず、沈黙だけを返す。


 だが、フィオナは待たない。


「あなたなら、もう気づいてるはずよ。一つは──今日一緒にいた、あの冒険者の女の子たち。二人とも、ラゼル王子の影響下にある。魔術的な魅了とは違う……気づきにくいけど、確実な何か」


 言葉にされて、ノルドは息を呑んだ。

 昼の探索、食事中──感じていた小さな違和感。それが今、言語として突きつけられた。


「そしてもう一つ。カリスは、このままでは……いえ、私たちは、近いうちに限界が来るわ」


 心臓が、鈍く跳ねる。

 カリスの蒼ざめた顔。

 魔力の乱れ。集中力の欠如。


 あれは、疲労なんかじゃなかった。

「私たちには、制約があるの。口に出せないこともあるし、行動にも縛りがある。そして──正気でいられる時間すら、限られている」


 声は穏やかだった。

 脅しでも、訴えでもない。ただ、事実の提示。

 ノルドは、言葉を失った。

 ただ、彼女がテントから去っていくのを、見送るしかなかった。


「ノルド、この仕事……降りましょう」

 背後から囁く声。

 いつの間にか、ビュアンが肩に立っていた。

「でも……」


 迷いが、言葉になった。

 そのとき、ヴァルがそっと顔を寄せ、彼の頬を舐めた。


「こら、ヴァル……くすぐったいよ」

 ――まったく、大事な話の最中だっていうのに。ほんとにお前は……


 だが、その無邪気な温もりが、ひどく優しかった。

 心が、ほぐれる。


 同時に、その優しさが、今は苦しかった。


「……セラに相談しましょう。彼女なら、何か……」

 妖精の言葉。

 だが、それは逃げだ。提案しかできない自分。

 優しさも、責任感も──今は、すべてがノルドを苦しめる重荷だった。


 ラゼルを殺せば、すべては終わる。

 それは「解決」かもしれない。

 だが、それはノルドを壊す。


「……なんで、どいつもこいつも、ノルドを頼るんだ」

 ビュアンの目が、赤く光っていた。

 怒りと哀しみを、滲ませながら。


 次の朝。

 ノルドは、眠れぬ夜を越えて、眠気を抱えたまま支度をしていた。


「すいません、朝はサンドイッチです」

 まったく、準備をする気が起きない。

「ありがとう、ノルド。出してくれたら私たちでやるわ」


 カリスが微笑んで手伝ってくれる。

 その笑顔に、ノルドの胸がズキンと痛んだ。


 二階層の採掘場へと再び向かう。

 昼過ぎには、鉱石はほとんど採り尽くされていた。


「うーん。他の場所を探すか?」

「そうですね。そうしましょう!」

 シルヴィアたちの賛成に、ノルドは黙って頷いた。


「荷運び、たまには役に立て!」

 ラゼルの声が響く。

 彼女たちと軽口を交わしながら、先頭を歩くラゼル。


 遅れがちになるカリス。顔色は悪い。

 ノルドは、それに合わせて速度を緩めた。

 だが、ラゼルが魔物を見つけると、先頭を切って突撃する。


 列が崩れ、シルヴィアやリーヴァまでもが加わってしまう。

 ヴァルがノルドの意図を察し、カリスに駆け寄った。


 サラが小さな体で支えるように背中を押し、ヴァルの背にカリスを乗せる。


「使えない女だ」

 ラゼルが、振り返って呟いた。

 誰に言ったかは明白だった。


 ロッカとダミアーノは、最後列で不貞腐れている。

「駄目だ、早く帰ろう」

 ノルドは、帰り道にある比較的豊かな鉱脈に向かった。

 ちらりと視界の端で、フィオナの不適な微笑みが揺れていた。


 数時間、無理やり切り上げて、冒険者ギルドに戻った。



お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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