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シシルナ島からの手紙 ※蠱惑の魔剣29


 聖王国──グラシアス商会の一室。その窓を、誰かが叩いている音がする。

「……誰だよ、こんな時間に」


 グラシアスは寝台から身を起こし、片手で枕元の剣をつかむと、扉へ目をやった。窓を突いているのは、伝聞鳥だった。


 昨日は商業ギルドの総会で、久々にしこたま飲まされた。そして、解放されたのは今朝方。寝ついたばかりというのに──。


「ルカ大司教様かな? まったく、あの人は……」

 ネフェル聖女の突拍子もない頼み事の伝令かと思い、伝聞鳥の足輪を確認する。だが、そこにあるはずの聖教会ルカ家の紋章が、どこにもない。


「……違う。誰からだ?」

 慌てて書簡筒を外し、封を切る。小さく息を呑んだ。


「セラさん……?」

―――――――――――――――――

〈グラシアスへ〉

〈お願いがあります。ノルドが、公国のラゼル王子の荷運びをしています。不審人物ゆえ、情報をお願いします。〉

〈お酒の飲みすぎはダメですよ。会える日を楽しみにしています。セラ〉

―――――――――――――――――


 彼は、無言で鳥を室内に招き、餌と水を用意する。

「ちょっとだけ待っててくれ」


 急いで返書を綴り、書簡箱に収めると、鳥が飛び立つ。その瞬間、グラシアスも着替えもそこそこに部屋を飛び出していた。


 酒気はすでに抜け、足取りは軽かった。まず向かったのは執務室。商会が保有する各国の要人に関する資料をひっくり返す。


 公国は二つ。ルナティス公国とモナン公国──サルサたちの出身が前者であるから、消去法で後者だ。


「……あった」

―――――――――――――――――

〈ラゼル・モナン公国第三王子〉

〈奴隷商ギルド所属〉

〈詳細不明〉

〈商会としての取引不可〉

―――――――――――――――――


「取引不可って……どういうことだ?」

 この記載を残した者は、現在聖都内で行商中らしい。

「帰ったらすぐ俺のところへ寄るように伝えてくれ」


 そう番頭に伝えると、今度は商業ギルドの裏手にある、ひっそりとした奴隷商ギルドへと向かった。

「おや、珍しいですね。あなたのような表の商会長がここへ?」

 受付にいた妙齢の女性が、意外そうに声をかけてくる。首元には、かすかに奴隷の焼印の痕が残っていた。


「ザワンさん、おられるか?」

「ええ、いますよ。こちらへどうぞ!」

 案内されたギルド長の部屋では、ザワンが酒を片手に笑っていた。小太りな体でだらしなく腰掛けている。


「昨日は総会だったでしょう? 迎え酒でもどうですか」

「情報が早いですね。誰か内通者でも?」

「いえいえ、協力者ですよ。あなた方に、これ以上変な規則を作られると困るのでね」


 宗教国家であるこの聖王国では、奴隷制度への規制が年々厳しくなっている。禁止ではないが、いつ全面的に禁じられてもおかしくない。


「そんな、商人ごときに規則なんて作れませんよ」

「金を動かすのがあなた方、体を動かすのが私たちです。……くそっ、ネフェル様が元奴隷だったらなぁ……」


 嫉妬混じりの冗談だろう。聖女が聖王国に降臨したのは奇跡のような出来事だった。そして、連れてきたのがグラシアス。


「無理でしょうね。あの方、グリフォン数頭を同時に使役してましたよ。捕まえるどころじゃない」

「はは、冗談ですよ」


「そうですよね。……思わず、ネフェル聖女に伝えてしまうところでした」


 その瞬間──ザワンの表情が固まった。

 笑みが引きつり、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。

「……それで、何の用事だ?」

 声が一段、低くなっていた。


「教えて欲しいことがあって。モナン公国のラゼル王子について」

「知らんな、と言いたいところだが、奴は有名だからな」

 ザワンは、背後の金庫から貴重な魔道具を取り出した。


 奴隷商人ギルドの創始者が作ったという、禁忌に近い情報端末──大陸中の奴隷取引の記録が、そこに刻まれている。


「本当は、教えてはいけないんだがな。奴はすでにギルドを辞めている」

「理由は何だ?」

「さあな……だが、闇取引は見つかった時点で死刑だ。どの国でも、だ」


 グラシアスは、ふとリコの顔を思い浮かべた。あの子を島に連れて行った件──ニコラ・ヴァレンシアの力添えがなければ、今ごろどうなっていたか。そんなことはさておき。


「そんな上辺の話を聞きにきたんじゃない」

 グラシアスの声に、わずかに静かな怒りが混じる。

「わかったよ。……奴は仕入れをしたが、ほとんど売っていない」

「どういうことだ?」


 ザワンが、魔道具の一画面を操作する。覗き込んだグラシアスの目が、そこで止まった。


女。死亡。

女。死亡。

女。死亡──


「おいおい、勝手に見るなよ!」

「殺したのか?」


「そんなことをしたら、王子とはいえただでは済まないよ。だが、原因不明の病死らしい。……これだけ続けば、偶然とは思えないがな」


 グラシアスは、ふとリコの顔を思い浮かべた。あの子を島に連れて行った件──ニコラ・ヴァレンシアの力添えがなければ、今ごろどうなっていたか。

 

「他にもあるんだろう? 辞めた理由が」

 ザワンは、杯を傾けたまま、口元をゆがめる。

「表向きは管理不行き届き。だが、共和国でいくつか事件を起こしてるらしい。記録には載ってないし、俺も詳しくは知らん」


「……わかった。礼はするよ」

 グラシアスは、旅の準備のために商会へと戻った。 

──数日後。

ネフェル聖女が、奴隷商人ギルドにお忍びでやってきた。


「面白い話があるって、グラシアスに聞いたから」

 その姿を見た瞬間──ザワンは椅子から滑り落ち、土下座した。


「敬愛しております、聖女様……!」



 声が震えていた。グラシアスに怒りを感じながらも、聖王国民として、ネフェル聖女を間近に見られたことの光栄に、心の奥底から打ち震えていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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