表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/193

沈黙の微笑 ※蠱惑の魔剣27

蠱惑の魔剣、再開二話目です。


「投石、中止!」

 カリスの鋭い声が響いた。その瞬間、ヴァルはすでにラゼルの背に付き従い、大蜘蛛の消えた方向へと駆け出していた。


 ヴァントレイスは一声、甲高く鳴くと、黒い闇の中へとその身を滑り込ませるようにして消えていった。


 未踏領域の最奥──蜘蛛の巣のさらに奥には、無数の鉱石を抱いた岩の壁が広がっていた。

「大蜘蛛が……消えた?」


 ノルドはそっと壁に手を添え、その隅々まで丁寧に調べていく。岩盤の表面は光を照り返し、幾層にも宝石鉱物が埋め込まれていた。だが、逃げ道となるような抜け穴は見つからない。


「もしかしたら、天井の隙間かもしれないな……」

 見上げた先は、高く、暗く、深い。あの巨体が潜り抜けられるとは思えないが、このダンジョンには常識が通じない。


「おい、荷運び、どけ! ロッカたちに採掘をやってもらう!」

「……ああ、すみません」

 ノルドは静かに道を譲った。その目は、蜘蛛の巣の残骸に向けられている。戦利品を前に浮かれる冒険者の眼ではない。未知の素材を前にした職人の、それだった。


 ラゼルたちは周囲の警戒にあたり、ロッカたちが採掘の作業を始めた。

 この場所では、他の二階層で頻繁に現れたスケルトンやゾンビの姿は、ほとんど見られない。一本道の構造と相まって、非常に守りやすい地形だった。


「おい、荷運び、どうだ! 俺の勘は当たってただろ!」

「はい。お見事です」

 ロッカたちの作業は止まらなかった。鉱床は想像以上に豊かで、まるで誰の手も入っていない自然の宝庫だ。掘り出される鉱石はどれも輝いており、中には宝石鉱物も混じっていた。


 作業の合間に何度か短い休憩を挟みつつ、採掘はなおも続いた。

「そろそろ、移動の準備をお願いします」


 タイムキーパーであるノルドの声に、隊の空気が引き締まる。誰もがまだ動ける体力を残していたが、だからこそ今、引き時だ。


「こんなに採れてるのに! まだ途中なのに!」

 シルヴィアが思わず声を上げた。

「おいおい、昨日まで俺のこと散々言ってたくせに」

 ロッカがニヤリと笑う。

「あ……ごめんなさい。つい、嬉しくて」


「気持ちはわかります。でも、ここは二階層の最奥です。帰りの道にも魔物は出ますし、戦闘も避けられません」


 ノルドの穏やかな口調に、皆が自然と黙った。視線は一斉に、リーダーであるラゼルに向かう。

「……じゃあ、三階層まで戻って、もう一泊するか?」


「申し訳ありません。予備の食料を使い切っています。一度拠点へ戻り、補給が必要です」

 カリスが横目でノルドを見ながら進言する。その視線には、彼の意図を正確に読み取っている確かな理解があった。


「ラゼル王子。酒もありませんし、一度戻りませんか?」

「……そうだな。荷運び、この場所のことは他言無用だぞ」

「もちろんです」

 和やかな笑いが場に広がり、一行は採掘地を後にした。


 ダンジョンを脱出する頃には、ロッカ隊の面々はすっかり疲れ切っていた。

「ノルドの言った通りだな……」

 ダミアーノがぼそりとつぶやき、他の者たちも無言で頷く。

「このダンジョンに、まだ慣れてないだけですよ」

 ノルドは小さく笑いながら応じた。


 拠点への帰還は深夜となり、ギルドはすでに閉まっていたため、精算は翌日に持ち越された。

「明日と明後日を休養日にします。問題ありませんか?」

「そうだな。そうしよう」

 ラゼルは満足げに頷いた。


 今回の遠征は、大成功と呼ぶにふさわしい。

 ノルドも、あの蜘蛛の巣の素材を無事に持ち帰ることができたことに、内心でほっとしていた。


 当初、休養日は一日だけの予定だったが、今回は二日に延ばすことにした。

 だが、誰一人として異を唱える者はいなかった。

 ラゼルもまた、穏やかな笑みをたたえたまま、何も言わずにその判断を受け入れていた。



 翌日、早朝。冒険者ギルドに、ラゼルとロッカの両方の冒険者たちが勢揃いしていた。ゆっくり休んだらしく、全員元気そうだった。


 普通、別日の精算には代表者が来るくらいだから、こんなことは珍しい。


 ノルドは揉めたくないので、今回も副ギルド長立会いの元での清算をするため、ドラガンの部屋を訪ねた。


「ラゼル様も、早くからご苦労様です」

 王子がいるとは思わず、副ギルド長も驚いていた。

「ドラガンさん、採掘品が多いので、場所を広く使います」


 ノルドは、昨日帰った後、石を種類別に袋に詰めておいたものを取り出した。

「ほお」

 ドラガンが横目で眺め、再び驚きの表情を見せた。


 ロッカたちは、初めて入る副ギルド長室に緊張していた。

「ゆっくりしてくれ、どうぞ」

 部屋から出て行ったドラガンが、朝の業務で忙しいミミの代わりに、お茶出しをしている。

「すいません。副ギルド長」

「かまわんさ。ところで、何でお前たちも一緒なんだ?」


 ロッカが、ドラガンにダンジョンで起きた出来事について説明していた。

「そうか、やはりノルドの言うように、二階層については、魔物が増えすぎだな。本格的な討伐隊を編成しようかな……」


 ぼそっと呟いた言葉に、ラゼル王子が即座に反応した。

「それなら、私も参加しよう!」

「ですが、ラゼル王子にはダンジョン制覇という目標が……」

「それは問題なくやるから安心しろ!」


 ──そんな簡単なダンジョンじゃないぞ。

 ドラガンは、喉までせり上がった言葉を、噛み殺すように飲み込んだ。

 ラゼルの微笑は、あまりに静かで、あまりに深く、底が見えなかった。


 その笑みに触れた瞬間、言葉は凍りつき、意志は押し流される。


 気づけば、ドラガンはうなずいていた──そうするしかなかった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。また、新作リリカさんノクスフォードのリベリオンもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ