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沈黙の契約 ※蠱惑の魔剣25

 ロッカたちが食事を始めると、ようやくラゼル王子たちがテントから現れた。カリスたち三名の顔色は冴えず、まるで夜通し精気でも吸われたかのように、ぼんやりとした様子で寝衣の上に一枚羽織っただけの姿だ。


「荷運び、食事の手配を」

「はい。すぐに準備いたします」


 ノルドが小さく返事をして、背後で用意していた食器を手に取ると、ラゼルがちらと目を向けて言った。

「ああ、それとワインも」


 ……探索前に飲むつもりか? だが、咎めれば空気が悪くなるのは目に見えていた。ノルドは黙って数本の酒瓶を手渡す。補充が必要だな、と心のメモに書き込む。


「早朝から一仕事終わらせたからな」

 そんな言葉を軽口で添えながら、ラゼルは満足げにコルクを抜いた。ロッカたちは礼儀正しく頭を下げるが、どこか釈然としない表情をしている。


「まあ、ゆっくり休んだらいいさ。それより、御礼の話なんだがな。せっかくこうして同行することになったんだし、君たち、我が冒険者パーティのサポートに加わらないか?」


 軽い調子で言いながら、ラゼルは皆のグラスに酒を注いでいく。

「ですが……我々では、恐れ多いです」

 ロッカが口を濁す。


「いや、戦闘は俺たちがやる。君たちは採掘と記録係でいい。稼げるぞ?」

「少し、考えさせてください」


 それ以上は言えなかった。断れば面倒になる――そんな空気が、周囲に張り詰めていた。

「この後は寝るだけだろう? まあ、島主からの贈り物だし、みんなで飲もうじゃないか」

「ラゼル様、今日は採掘をして帰還する予定では?」ノルドは、意を決して尋ねた。


「なら、ゆっくり移動することにしよう」

 その場しのぎの笑顔。その裏にある思惑は、相変わらず読めない。ノルドは、視線をそっとカリスたちへと向ける。だが、彼女たちは誰一人、目を合わせようとしなかった。


「……承知しました。それでは、明日早朝に出立へ変更します。あとで片付けますので、器はそのままで」

 言い残し、ノルドがテントへ戻ろうとすると、フィオナに袖を引かれた。


「ノルド、お酒が足りないわ。もう少し出してくれる?」

「……どうぞ」

 ノルドは黙って酒瓶を取り出す。内心では怒りが渦を巻いていた。だが、それを悟らせまいと、笑顔すら浮かべる。


「ごめんなさい」

 フィオナが、ポツリと謝った。とても小さな声だった。


 ノルドは、製薬作業をしながら頭を冷やすことにした。手元に薬草と器具を並べ、静かに作業を始める。外では、宴が続いていた。ラゼルに酒を注ぐカリスたちの姿が、影越しに揺れている。


 ――碌でもない冒険者でも、普通は探索中の体調を気にかけるもんだが。

 やがて、喧騒が落ち着き、テントの外が静かになった。

 様子を見に、ヴァルがひょいと出て行く。


「ワオーン!」

「はいはい、行くよ」

 ノルドが顔を出すと、フィオナたちが片付けをしていた。


「すみません、本来は私の仕事なのに」

「何言ってるの。迷惑かけて、ごめんね。ついでに……お願いがあるの。私たちの寝るテント、空いてる?」

「……王子は?」


「寝かせたから。もう起きないわ。あとは私たち、ゆっくり眠りたいの」

「狭いですが、ひとつ空いています」

「ありがとう」


 フィオナたちは足早にテントへと消えていった。その背中が、どこか逃げるように見えた。


 しばらくすると、今度はカリスがやって来た。

「どうかしましたか?」

「迷惑かけて、ごめんなさい。一つだけお願いがあるの」

 彼女はそっと、テーブルに薬玉を置いた。

「この薬……解毒薬を作ってもらえない?」


 ノルドは眉をひそめた。黒く、鈍い光を帯びた薬玉。見覚えのない形だ。

「これは……何の薬ですか?」

「わからない。私の力じゃ……調べきれない」


 彼女の声は、かすかに震えていた。

「カリスさん。あなたたちとラゼル王子の関係は……?」

「……ごめんなさい。言えないの。契約、なの」


 その一言だけ残して、カリスは足早に去っていった。まるで誰かに見られているのを恐れるように。


 ノルドは、静かに薬玉を見つめた。これは、ただの依頼品じゃない。


 ――とんでもない爆弾を、背負い込んだかもしれない。


 彼は大切にしまい込むと、製薬作業を続けたか、ビュアンは隠れて、そのやりとりを鋭い目で見ていた。



「おはようございます」

 ラゼルやロッカたちが目を覚ましたのは、もう夕方だった。


 ノルドは、グラシアスから贈られた懐中時計を持っている。

 ダンジョンでは、時間の感覚が失われやすい。ずっと暗い階層もあれば、今いるこの層のように、昼のように明るい階もある。


 ロッカたちが危険に陥ったのは、ダンジョン特有の現象――二階層出口付近に魔物が溜まる習性――にも一因がある。


 けれど、ノルドはそれ以上に、長時間の無理な行動こそが問題だと考えていた。


 人は眠らなければ、正しい判断も無理も効かない。

 ノルドもかつて、母セラに迷惑をかけて怒られていた。


「おい、荷運び、飯だ!」

「サンドイッチを作ってあります。先に装備を整えてください。ロッカさんたちの分もありますよ」

「すまない」

「昨日は、助けてくれてありがとう」


 魔術師のリーヴァが、剣士ダミアーノと並んで頭を下げる。

「すっかり元気そうで何よりです。でも、魔力枯渇は危険です。これ、どうぞ」


 ノルドは、小瓶に詰めた魔力回復薬を手渡した。リーヴァは少し戸惑ったが、目を伏せ、静かに受け取った。


「でも……」

「気にしないでください。昨日使った残りですから」

ノルドは微笑んだ。


「次からは、ギルドで買ってくださいね。良い薬、揃ってますから」

 リーヴァは、はにかむように笑い返した。

 このロッカ隊には、どこか、脆さがある。準備や安全を後回しにして、目先の利益を追っているように見える。


 本当に優れたパーティは、命を削って金を稼ごうなどとは、思わない。


 ノルドの脳裏に浮かんだのは、かつてシシルナ島に訪れた東方旅団の姿だった。


「なんだよ、今回の探索、赤字じゃないか?」

「いや、お前がポーション使いすぎなんだよ!」

「採掘の時間が短すぎるんだ!」

「……これじゃ防具の借金、返せねぇな」

「でも、無事戻れたんだから、それが一番だろ?」


 精算のたびに言い争い、でも最後は、いつも笑い合っていた。

 ノルドは彼らと旅をするうちに、効率よりも帰還を最優先にする在り方を学んだ。


 自分の役割が、仲間を生かすことにあると、初めて理解したのもあの旅だった。

「じゃあ、ノルド。打ち上げだ。飯、奢らせてくれ!」


 探索中にノルドが渡したポーション代も、すべて定価で買ってくれた。

 荷運び代も安くはないはずなのに。


「でも……」

「今回も助かった。本当に感謝してる。……けど、受け取ってくれないと、俺たち、お前を雇えないんだ」


「……俺たちはまた、お前と旅がしたい。頼む」

 東方旅団の隊長は、迷いもなく頭を下げた。


 ノルドは、その額より少し低い位置でうなずいた。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。新作 リリカ•ノクスフォードのリベリオンもよろしくお願い申し上げます。

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