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黒き剣の夜宴 ※蠱惑の魔剣23

簡単な調理を終え、料理を並べ終えると、サラはラゼル王子を呼びに向かった。


その間に、カリスとフィオナはいつの間にか防具を脱ぎ捨て、妖艶な黒の薄衣に身を包んでいた。透ける布越しに肌が覗き、ノルドの視線は無意識に彷徨う。目のやり場に困惑し、思わず眉をひそめた。

さらに、二人からは甘く、重たく、理性を酔わせるような香りが漂ってくる。


まるで媚薬を蒸留したかのような濃密な香気。鼻腔を刺激し、頭を鈍く霞ませるそれは、ただの香水ではない。――何かが仕込まれている。


「さあ、ラゼル様。お食事を楽しみましょう!」

サラの明るい声が響いた直後、ラゼルが手酌で酒を勧める。


「ああ、荷運び。お前も飲め」

拒否の余地などない。ノルドは渋々、酒に口をつけた。


酔うはずなどない――そう思っていた。だが、身体の奥からじわじわと熱が這い上がり、意識の輪郭が霞んでいく。


胸が締めつけられるように息苦しくなり、ノルドは慌てて立ち上がった。


(これは……何だ?)

水を求めて席を外し、がぶ飲みしながら自分のテントへ逃げ込む。

ようやく手にしたのは、万能の毒消し薬。だが、効果は薄い。


むしろ、全身の血が熱を帯び、神経がじりじりと焼けつくような痺れに襲われた。


――限界だ。


ノルドはナイフを抜き、自らの腕を深く斬りつけた。

迸る鮮血が、テント内の布を赤く染め上げる。

「ふぅ……」


痛みによって、ようやく意識の霧が晴れた。

そして、視界の上――テントの天井に、妖精ビュアンの姿を見つける。


「よかった……ノルド。何度呼びかけても反応がないから、心配したわ」

ビュアンの声に、ノルドは安堵の息を漏らした。

「恐ろしい匂いだった。あれは何だ……? 酒場でのときより酷い……」


「おかしな魔力が出てたの。あの男が、女たちに何かを飲ませていたのを、私は見たわ」


重く響くビュアンの言葉に、ノルドは息を呑んだ。

脳裏に焼きつく――黒衣の女たち、蕩けた目、甘い香り。

そして、笑っていたラゼルの姿。


簡易テーブルに戻ると、ラゼルが軽く目を細めて言った。

「何だ、荷運び。酒も飲めないのか?」

「……はい。一口でも、駄目なようです」

「はっ、情けない奴だ。だいたい、お前は――」

「そんなことより、ラゼル様。そろそろ、お情けを……」


フィオナが腕を絡め、サラが首に抱きつき、カリスが恥じらいながら背を押す。

女たちの仕草には、どこか操られているような不自然さがあった。


「はっはっは。悪い悪い。焦らすのも楽しいもんだな」

そう言って、ラゼルは女たちと共にテントの奥へと姿を消していく。

背に負った黒鞘の大剣が、かすかに妖しく光を放っていた。


――魔剣。

それはまるで、蠢く蛇のように鞘の中で微かに震え、存在を主張していた。


しばらくすると、女たちの嬌声がテントの奥から漏れはじめる。

それは獣人であるノルドの鋭敏な聴覚に、特に鮮明に届いた。


「……やれやれ」

ノルドは呆れた目でヴァルを撫で、そっと耳に綿を詰める。


どんなに疲れても、ヴァルが起こしてくれる。それだけは信じていた。

眠らねば。これ以上、体力は削れない。


――そして、事件は明け方に起きた。


「……助けて……!」

かすかな声に、ヴァルの耳がぴくりと動く。即座にノルドを起こした。

耳栓を外したノルドの表情が変わる。――その声は、間違いない。


アレンと共に食事をした、魔術師の冒険者・リーヴァ。

声の方向は、三階層への降り口。魔物が集まる、危険地帯。


微弱すぎて救援の印も出せず、誰にも届かない。


――ノルドたちにしか、届かない声だった。

「ヴァル、行くぞ!」

一切の迷いはない。ノルドは跳ね起き、階段を駆け上がる。


三階層への入口。そこに、リーヴァがぐったりと横たわっていた。

脈と心音を確認し、ポーションを少しだけ流し込む。


「……魔力切れだけだ。助かる」

そのとき、外から金属音と絶叫が響いた。激しく、近い。

戦闘の匂いが、風に混じって届いてくる。


「ヴァル、逃げ道を確保してくれ!」

小狼は、ノルドを真っ直ぐ見上げる。恐れも、迷いもない。


ノルドは両手にナイフを構え、声を絞り出した。

「構わん。本気でいくぞ!」


スケルトンとゾンビの群れが、地を這い、唸り、蠢いている。

中央には、数人の冒険者たち。多重に包囲され、絶望的な状況だった。


魔物たちの視線が、ノルドたちに向けられる。

ぞろり、と殺気が波のように押し寄せてきた。


「先に数を減らす!」


ノルドは空間魔法から爆薬を取り出そうとする――その瞬間。

横合いから何かが飛び込んできた。


「どけッ、邪魔だ!」

ノルドの身体が弾き飛ばされ、地に倒れる。視界の端に映ったのは、血走った目で魔剣を背負った――ラゼル王子だった。


ラゼルは叫ぶ間もなく、魔物の群れへと突入していく。

その瞬間、ノルドの手から滑り落ちた爆薬が床を転がり――


爆発。


逃げられない。ヴァルがノルドをかばうように跳びかかる。

「ヴァル、馬鹿ッ――!」


魔法の詠唱は、間に合わない。

ノルドの魔法は、構築に時間がかかる。だが――

「ふざけるな! ノルドたちは、私が守る!」


怒声と共に、風が渦を巻いた。

妖精ビュアンが現れ、爆風を受け止める風の壁を展開する。


逆巻く奔流は、魔物たちをなぎ倒し、爆風の被害を最小限に抑えた。

「助かった、ビュアン!」


「ったく……あの王子、ふざけすぎだよ!」

怒りを噛みしめながら、ビュアンが睨み消える。


  その隙に、盾役のロッカを先頭に、ダミアーノとシルヴィアが駆け込んでくる。

ヴァルはしんがりとなり、追いすがるゾンビを一体ずつ斬り伏せていく。


 その間も、ラゼル王子は――魔物の群れの中心にいた。

 狂気じみた笑みを浮かべ、大剣を振るい続けている。


 剣には、妖しい魔力が渦巻いていた。刃が触れただけで、魔物が崩れ落ちていく。

――あれは、魔剣だ。


 見えぬ糸のように意志を絡めとり、魂を蝕む、蠱惑の刃。


 その剣がうなるたび、ノルドの耳には不気味な笑い声が残響のように響いた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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