箱庭の第三階層 ※蠱惑の魔剣22
そのあと、数度の戦闘を経て、一行はついに第三階層への降り口の近くまでたどり着いた。
だが、その場所はセーフティゾーンではない。むしろ、第二階層で最も魔物が溜まりやすい危険地帯だ。
どの冒険者パーティも戦闘を避けて逃げ込んでくるため、自然と魔物が集まってしまう。
「魔物が多いです。少し待ちましょう」
ノルドの声に、全員が足を止めた。
ラゼル王子も、さすがに疲れが見える。いつものように真っ正面から突っ込んでいく姿勢はなかった。それも当然だ。もう半日以上も、ダンジョン内を動き続けているのだ。
しばらく待っていると、ゾンビたちの陣形が少しずつばらけはじめた。
「今です。行きましょう、ヴェル先頭で!」
ノルドの合図で、一行は走り出した。
小さな狼――ヴェルが、ぴょんと跳ねるように前へ出る。行く手を遮るスケルトンの足を素早く蹴り崩し、そのままゾンビの横腹に体当たりして転がす。その動きは滑らかで、一切の無駄がない。
ただの遊びのようにも見えるが、すべては計算されたもの。ヴェルの俊敏な動きが、一行の突破口を切り開く。
「今です、階段に飛び込んで!」
ノルドの再指示に従い、全員が階段へと雪崩れ込んだ。
熱気に包まれていた空気が、一瞬で変わる。階下から涼やかな風が吹き上がり、ほてった肌をなでた。
「火山のダンジョンは、もう終わりか?」
ラゼル王子が息を吐く。
「いえ、これからが本番です。でも、地下三階は特別なんですよ」
らせん階段を何度も折り返しながら降りていく。やがて、ひらけた空間に出た瞬間――
一同の足が止まった。
広がっていたのは、まるで別世界だった。
たくさんの精霊が高い場所を舞い、芝生が広がる。小川が流れ、中央には巨大な大木が根を張っていた。幹は、まるでこの階層を突き破るかのように上へと伸びている。
そのせいでとてもその場が明るい。
それは、階層というより、ひとつの大きな箱庭だった。
「……何だここは?」
ラゼルが思わずつぶやく。
「ここが、第三階層です。そしてこの大木――“カリス”はダンジョン町の魔物の森最深部にあるエルフツリーです」
ビュアンに確認したので、間違いないだろう。
「私と同じ名前?」魔術師のカリスが、反応し、一行が笑った。
「ごめんなさい、昔、僕が名前つけて」
「でも。どうしてこんなところに?」
フィオナが首をかしげる。
「古文書を調べたのですが、昔はこのダンジョン、五階層しかなかったそうです。この下が、当時のダンジョン構造みたいなんです」
「ってことは、ここが昔のダンジョンの入り口……」
「昔の地上だと思います」
第三階層は今、安全な階層として、冒険者たちのキャンプ地になっている。ギルドによって、テントを張れる区域もきちんと定められていた。
すでに何組かの冒険者パーティが設営を終えており、ノルドの姿を見て軽く手を振ってくる者もいた。
「では、テントの設営と食事の準備をします。皆さんは、どうぞ休んでいてください」
「手伝いまーす!」
サラが元気よく手を挙げる。
「僕の仕事ですから」
ノルドがそう言うと、彼女はふっと笑ってこう返した。
「早くご飯食べたいから!」
※
まずは収納魔法で、テントを取り出した。
「ノルド、悪いがこれも頼む。貴賓用のテントだ」
ドラガンが貸し出した特別製のそれは、設営すれば周囲の視線を集めるほどの大きさになる。
「カリスさん、他のテントはどうします? 人数分はありますが」
「一つで十分よ。狭くても平気だから」
「まあ、俺と一緒に寝るからな」
ラゼル王子が当然のように言い放つと、その場の空気が一瞬で凍りついた。
カリスたちは微笑みを浮かべていたが、その目は少しも笑っていない。
「……とりあえず、一つだけ設営しておきますね」
ノルドは空気を和らげるように言い、荷をそっと展開し始める。
シュラフ、簡易テーブルを手早く並べ、次いで火元の準備に取り掛かった。
「お前、料理なんてできるのか?」
テントの組み立てを女たちに任せたまま、ラゼル王子が手持ち無沙汰に声をかけてくる。
「はい。一人暮らしが長かったので。もっとも、下ごしらえは済ませてあります。焼くだけ、煮るだけです」
「なんだ、つまらん! 酒を寄越せ。情報交換してくる!」
ノルドがドラガンから預かっていた酒瓶を渡すと、王子は鼻歌まじりに他の冒険者たちの輪へと消えていった。
ほどなくして、遠くから陽気な笑い声が聞こえ始める。
魔道具の簡易コンロに火を灯し、厚切りの肉を網に乗せる。ぱちぱちと脂が跳ね、香ばしい匂いがあたりに広がった。
「味見する?」
ノルドが問うと、サラの耳がぴくりと動き、目を輝かせてしっぽをぱたぱたと振り出す。
「うん」
ノルドは肉の端を切り、皿に載せて差し出す。サラは調味料もつけずに、それをぱくりと頬張った。実は、下味はつけてある。
「おいしい。……うん、問題ない」
満足げに頷いた彼女は、今度は明らかに“もう一切れ”をねだる視線を送ってくる。
一方、ヴァルにはあらかじめ生肉を渡してあった。小狼はテントの隅に腰を下ろし、静かに食べている。
精霊の光を背に受け、微動だにしないその姿は、まるで夜の森に潜む獣が、獲物を味わっているかのようだった。
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