表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/192

観戦者たち ※蠱惑の魔剣20

翌日早朝、第二回目のラゼル王子一行によるダンジョン探索が始まった。

 今回は泊まり込みの予定だ。


 時間通りに現れたラゼル王子は、いつも通り眠たげな表情をしていたが、サラは朝から元気いっぱいだった。


「おはようございます。今日は地下二階層まで行きます。一階層と出る魔物の種類は同じですが、強さが一段階上になります」


「そうでなくてはな」


 ラゼルは相変わらず余裕の笑みを浮かべた。他のメンバーは、再び表情を引き締めていた。


 一階層は、ノルドの知っている最短ルートを使って進む。魔物との遭遇を可能な限り避けながらの慎重な移動だった。


「なんだ、魔物が少ないな……この間、俺が倒したからかな」


 ラゼルは冗談めかして笑ったが、そんなはずはない。むしろ魔物は年々、確実に増えている。


 冒険者たちが壁を削って道を広げるたび、眠っていたゾンビやスケルトンが目を覚まし、倒されれば再びダンジョンへと吸い込まれ、何度でも蘇る。復活できない個体もいるにはいるが──それでも、生まれる数のほうが圧倒的に多い。


 だからこそ、魔物に囲まれ、戦闘を余儀なくされることもある。


「よし、前は任せろ!」


 ラゼルがそう言って、ひとり前へと飛び込んだ。サラもアシストのために先行する。


「ここで戦えば、後方は──十字路の残り三方向から囲まれてしまいます」


 危険なのは、最後方に下がっていた荷運び役のノルドだ。


「防壁を作ろうか?」


 魔術師カリスが振り返って尋ねる。フィオナは何も言わず、ノルドを見つめていた。

 その目は、魔物の森で罠を仕掛け、最深部まで辿り着いた者の行動を観察する――捕食者に似た光を宿していた。


「いえ」


 ノルドは静かに答えた。こんな場所で、カリスの魔力を無駄に使わせたくなかった。


「十字路はまずいです。前へ」


 後衛の二人に急かす。


 ──俺の投げナイフやダーツは効かないし、ヴァルの力も使えない。

 仕方なく、ノルドは収納魔法で爆薬を取り出しかけた――そのとき、前衛のリコから声が飛んだ。


「早く、こっちに!」


 視界の端で、フィオナが一瞬、残念そうに目を伏せた。

 ノルドは後衛の二人とともに駆け出す。


「さて、残りも片付けるか!」


 ラゼルがノルドの隣をすり抜け、十字路の闇へと消えた。


 ノルドは思わず足を止めた。


「……え?」


 戦わなくても、前が空いたなら全員で逃げればいいはずだ。それなのに、なぜ――?


 三方向から襲いかかる魔物たちが、一斉にラゼルへと斬りかかる。


───


 だが、ラゼルの戦いぶりは、常軌を逸していた。


 あまりの速さに、斬り結ぶ剣の音が遅れて響いたほどだ。ノルドは息を呑んだ。


 前日とは明らかに動きが違う。本人の身のこなしも、双剣の威力も、異様なまでに鋭く、速い。


「フィオナのバフ、支援魔法よ」


 カリスが、そっとノルドの肩へ近寄り、誰にも聞こえない声でささやいた。


 ──彼女は、無言演唱者……か。


 ノルドはラゼルの体を観察した。確かに、薄い魔力の膜が肉眼でも見える。


「まさか、本人が気づいてないってオチは……ないよな」


 三方向から集まったゾンビとスケルトンの群れは、あっという間に薙ぎ払われた。

 サラが最後に一体だけ仕留めたが、戦況は最初からラゼルの一人舞台だった。


 カリスもフィオナも、ノルドも、誰一人として戦闘に加わらなかった。


 助けを求められなかったから――それだけではない。

 ノルドの中に、ぬぐいがたい違和感が残った。


「どうだ、俺の力は」


「さすがです……ですが、お怪我を」


 フィオナが近づき、ノルドが提供したポーションをラゼルの傷に塗った。


「大したことはない」


「ええ……ですが、御身ですから」


 傷がすっと癒えていくのを見て、フィオナは表情を抑えるように伏せ目になり、

 一瞬だけ、ノルドを見た。


「私も、ほらぁ、怪我しなぁ」


 サラが斬られて血を流していた。ノルドが治療しようと一歩踏み出しかけたそのとき――

 フィオナがポーションをサラに投げた。


「塗っておきなさい。それと、それは持っておくといいわ」


 冷たくも聞こえ、優しくも聞こえるその声音に、ノルドは一瞬、返す言葉を失った。


───


 いくつかの無駄な戦闘を経て、一行は地下二階層への入り口に到着した。

 階段前の広場はセーフティゾーンでもあり、そこで休憩をとることになった。


 ラゼルとサラは壁にもたれて仮眠をとっている。


「ノルド、マジックポーション二本、もらえるかしら」


 フィオナが、少しだけ疲れた声で頼んできた。


「ええ、構いません。ただ、サイクルブレイクには注意してください」


「ああ、カリスみたいにだね」


 隣のカリスがフィオナの頭を軽く叩く。


「こっちは真剣にやってるのに……」


「ごめん。でも、ノルドのポーションを横流しした方が、ダンジョン潜るより儲かるんじゃないかな?」


 その言葉は、冗談にしては静かすぎて、本気にしては軽すぎた。

 けれどノルドは、フィオナの声の奥に――どこか凍てつくような、本性を感じていた。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ