観戦者たち ※蠱惑の魔剣20
翌日早朝、第二回目のラゼル王子一行によるダンジョン探索が始まった。
今回は泊まり込みの予定だ。
時間通りに現れたラゼル王子は、いつも通り眠たげな表情をしていたが、サラは朝から元気いっぱいだった。
「おはようございます。今日は地下二階層まで行きます。一階層と出る魔物の種類は同じですが、強さが一段階上になります」
「そうでなくてはな」
ラゼルは相変わらず余裕の笑みを浮かべた。他のメンバーは、再び表情を引き締めていた。
一階層は、ノルドの知っている最短ルートを使って進む。魔物との遭遇を可能な限り避けながらの慎重な移動だった。
「なんだ、魔物が少ないな……この間、俺が倒したからかな」
ラゼルは冗談めかして笑ったが、そんなはずはない。むしろ魔物は年々、確実に増えている。
冒険者たちが壁を削って道を広げるたび、眠っていたゾンビやスケルトンが目を覚まし、倒されれば再びダンジョンへと吸い込まれ、何度でも蘇る。復活できない個体もいるにはいるが──それでも、生まれる数のほうが圧倒的に多い。
だからこそ、魔物に囲まれ、戦闘を余儀なくされることもある。
「よし、前は任せろ!」
ラゼルがそう言って、ひとり前へと飛び込んだ。サラもアシストのために先行する。
「ここで戦えば、後方は──十字路の残り三方向から囲まれてしまいます」
危険なのは、最後方に下がっていた荷運び役のノルドだ。
「防壁を作ろうか?」
魔術師カリスが振り返って尋ねる。フィオナは何も言わず、ノルドを見つめていた。
その目は、魔物の森で罠を仕掛け、最深部まで辿り着いた者の行動を観察する――捕食者に似た光を宿していた。
「いえ」
ノルドは静かに答えた。こんな場所で、カリスの魔力を無駄に使わせたくなかった。
「十字路はまずいです。前へ」
後衛の二人に急かす。
──俺の投げナイフやダーツは効かないし、ヴァルの力も使えない。
仕方なく、ノルドは収納魔法で爆薬を取り出しかけた――そのとき、前衛のリコから声が飛んだ。
「早く、こっちに!」
視界の端で、フィオナが一瞬、残念そうに目を伏せた。
ノルドは後衛の二人とともに駆け出す。
「さて、残りも片付けるか!」
ラゼルがノルドの隣をすり抜け、十字路の闇へと消えた。
ノルドは思わず足を止めた。
「……え?」
戦わなくても、前が空いたなら全員で逃げればいいはずだ。それなのに、なぜ――?
三方向から襲いかかる魔物たちが、一斉にラゼルへと斬りかかる。
───
だが、ラゼルの戦いぶりは、常軌を逸していた。
あまりの速さに、斬り結ぶ剣の音が遅れて響いたほどだ。ノルドは息を呑んだ。
前日とは明らかに動きが違う。本人の身のこなしも、双剣の威力も、異様なまでに鋭く、速い。
「フィオナのバフ、支援魔法よ」
カリスが、そっとノルドの肩へ近寄り、誰にも聞こえない声でささやいた。
──彼女は、無言演唱者……か。
ノルドはラゼルの体を観察した。確かに、薄い魔力の膜が肉眼でも見える。
「まさか、本人が気づいてないってオチは……ないよな」
三方向から集まったゾンビとスケルトンの群れは、あっという間に薙ぎ払われた。
サラが最後に一体だけ仕留めたが、戦況は最初からラゼルの一人舞台だった。
カリスもフィオナも、ノルドも、誰一人として戦闘に加わらなかった。
助けを求められなかったから――それだけではない。
ノルドの中に、ぬぐいがたい違和感が残った。
「どうだ、俺の力は」
「さすがです……ですが、お怪我を」
フィオナが近づき、ノルドが提供したポーションをラゼルの傷に塗った。
「大したことはない」
「ええ……ですが、御身ですから」
傷がすっと癒えていくのを見て、フィオナは表情を抑えるように伏せ目になり、
一瞬だけ、ノルドを見た。
「私も、ほらぁ、怪我しなぁ」
サラが斬られて血を流していた。ノルドが治療しようと一歩踏み出しかけたそのとき――
フィオナがポーションをサラに投げた。
「塗っておきなさい。それと、それは持っておくといいわ」
冷たくも聞こえ、優しくも聞こえるその声音に、ノルドは一瞬、返す言葉を失った。
───
いくつかの無駄な戦闘を経て、一行は地下二階層への入り口に到着した。
階段前の広場はセーフティゾーンでもあり、そこで休憩をとることになった。
ラゼルとサラは壁にもたれて仮眠をとっている。
「ノルド、マジックポーション二本、もらえるかしら」
フィオナが、少しだけ疲れた声で頼んできた。
「ええ、構いません。ただ、サイクルブレイクには注意してください」
「ああ、カリスみたいにだね」
隣のカリスがフィオナの頭を軽く叩く。
「こっちは真剣にやってるのに……」
「ごめん。でも、ノルドのポーションを横流しした方が、ダンジョン潜るより儲かるんじゃないかな?」
その言葉は、冗談にしては静かすぎて、本気にしては軽すぎた。
けれどノルドは、フィオナの声の奥に――どこか凍てつくような、本性を感じていた。
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