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フィオナの地図 ※蠱惑の魔剣19

ノルドはオルヴァ村の実家へ戻ることにした。かつてセラと共に暮らしていた家だ。普段はリコに管理を任せているが、今回はその裏手に広がる魔物の森でしか採れない薬草を集めるためだった。


 薬草は種類ごとに採取条件が異なり、しかもその種類は森ごとに限られている。だからこそ、貴重な薬草を求めてノルド自らが足を運ぶのだ。


 馬車だと数時間かかるうえ、港町を経由する遠回りのルートになる。


「走って行こう!」


 子供の頃は片足を引きずっていたが、今ではすっかり病は完治している。そう言ってノルドは声を上げた。


「ワオーン!」


 一回り大きくなった小狼ヴァルが、ノルドを背に乗せようと元気に鳴く。


「いや、僕も足腰を鍛えなきゃ。競争だよ!」


 ヴァルは長距離移動の達人だ。負けじと休むことなく家まで駆け抜けた。


「リコは綺麗にしてくれてるはずだ」


 整えられた家に入ると、ノルドはお礼の品を何にしようかと考えながら眠った。本当は夜型だが、長期のダンジョン探索に備え、生活リズムは朝型に切り替えている。


 翌朝早く、ノルドはヴァルと共に森へ入った。そこで一人、フィオナの姿を見つける。


「何をしているんだろう……ヴァル、遠くからこっそり見てみよう」


 薬草採集でも、カリスに頼まれたのかもしれない。だが、様子がどこか違う。


 フィオナは何かを探しているようで、手には手書きの地図を持ち、その地図には印がついているのが見えた。


 慎重に辺りを見回しながら、まるで確かめるように足を進めている。単なる採集とは違う、何か大事な目的があるのだろう。


「一人で森の奥まで入るなんて……大丈夫かな?」


ノルドは唇を噛みしめ、小さく呟いた。


 普通、修道女が一人で魔物の森に入るなどありえない。だが、昔のネフェル聖女のように魔物を操る力を持つ者もいた。


 それに、シシルナ島のダンジョンには冒険者のジョブを持っていなければ入れない決まりがある。つまり、あの人も何かしらのジョブを持っているはずだ。


「今日こそ、スキルが見られるかもしれない」


 期待を込めてノルドは呟く。


 この森はダンジョン町の森と同じくらい広く、奥へ進むほど強力な魔物が現れる危険地帯だ。


 そんな場所に、修道女がたった一人で向かっている。


「もしもの時は、俺たちが助けに入ればいい」


ノルドは覚悟を決めて言った。


 この森のことは、ヴァルも俺も知り尽くしているのだから。


 驚いたことに、彼女は軽やかな足取りで森の中を進んでいく。まるで、この深い森と会話を交わすかのように。


 風が彼女の周りだけ静かに流れ、木々のざわめきが一瞬だけ止まった気がした。



 そしてノルドは警戒しながら森の奥地へ向かう。


 だが不思議なことに、魔物たちの気配は彼女を避けているようだった。いや、魔物たちが気づいていないのが正解だろう。


「獣人族……じゃないよな? もしかしてスキルかな?」


ノルドは小声で、傍らを歩くヴァルに問いかけた。


 最奥にある断崖の手前、小川のほとりに、苔むした古い遺跡がひっそりと佇んでいる。


 その地下には、精霊王を祀る礼拝堂がある。


 この場所は、ノルドにとっても、島にとっても特別な意味を持つ。


 だからこそ、魔物や不審者が容易に入り込めないよう、巧妙な罠をあちこちに仕掛けてあるのだ。


 そのとき、フィオナが礼拝堂の入り口を探し、罠のひとつに近づいていた。


「フィオナさん、危ない! そこ、罠が仕掛けてあります!」


ノルドはとっさに身を乗り出し、声をかけた。


「あら、ノルド」


 彼女は振り返り、ふんわりと微笑んだ。


 その落ち着いた反応に、むしろノルドの方が戸惑った。


「ちょっと待ってください。今、解除します」


 地面に膝をつき、ノルドは罠の構造を見極めながら起動装置を抜き取った。


 罠は、一歩踏み込めば爆発音が森に轟き、獣たちを一斉に刺激する恐ろしい仕掛けだった。


「ふうん……」


 フィオナはその作業を興味深そうに見つめていた。


「……どうぞ。ここが目的地で、間違いありませんか?」


「ええ。精霊王様に祈りを捧げに来たの」


 フィオナは少し目を伏せて、静かにそう答えた。


 その表情はとても嬉しげだったが、言葉の裏に深い秘密を抱えているようだった。


 ノルドは心の中でその秘密の重さを感じ取った。


「それじゃあ、ご案内します」


 ノルドは光の魔法を使って足元を照らし、ヴァルと共に地下へと続く石階段を先導した。


 冷たい空気が肌を刺し、湿った石壁からは微かな苔の匂いが漂う。


 重い空気と静寂が支配する礼拝堂――その中央にある石の祭壇へとたどり着くと、ノルドは小さな炎を灯した。


「帰りはどうすればいいの?」


「入り口の扉を閉めておいてくだされば、それで大丈夫です」


 ノルドは一礼し、静かに背を向けた。


「あいつ、パパに何の用事かしら、覗いてこようかしら」


 妖精ビュアンが現れて言った。


 ノルドは無言のまま、首を横に振った。


「そんなことより、薬草を採取したら、美味しいケーキでも買いに町に行こう」


 ノルドたちが最深部にある薬草を採取して礼拝堂に戻った時、フィオナの姿はそこにはなかった。


 ただ、罠の周りを調べ歩いた跡がひっそりと残されていた。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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