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エルフツリーと魔術師 ※蠱惑の魔剣12

 ――だが。どうせ現場ではやらされる羽目になるのだろうと、ノルドは内心ため息をついた。


「一つ、条件があります」

「ほぉ、報酬だな。お前も犬人か? このサラが欲しいのか? まあ、一晩くらいなら貸してやるぞ。尽くしてくれるぞ!」


「……違います。それは要りません」


 ノルドは、視線を伏せたまま、きっぱりと言った。

 その目には揺れも迷いもなかったが――ラゼルはなおもニヤつきながら、興味深そうにからかい続ける。


「それは、サラに失礼だぞ。じゃあ、カリスか? 年上好きなのかな。こやつは、平民出身の天才魔術師なのだが、悪い貴族に騙されてな。ノルド、お前は逆に騙されそうだな」


 その名が呼ばれた瞬間、静かに杯を持ち上げた女がいた。

 柔らかな金髪に、冷ややかな微笑。

 ラゼルの隣の空席へすっと詰めるように座ると、彼女は迷いなくラゼルの肩に身を預けた。


「あら、悪い貴族とは、ラゼル様のことでは? 私は子供を騙しませんよ」

「ははは、そうだな。金を持って無さそうだしな」

「いえ、ラゼル様は――とてもご立派なものをお持ちですから」


 場の空気がふっと緩み、妖艶な雰囲気が再び辺りを支配する。

 だが、ノルドはその香りに、どこか微かな違和感を覚えた。


 香水に――何かが、混ざっている。わずかに鼻腔を刺すような、熱を帯びた香り。

 ……そう、これは媚薬だ。

 思わず、カリスに鋭い視線を向けてしまっていた。


「……何かしら?」


 妖精のように微笑む彼女の瞳は、あくまで柔らかく、だが奥底にこちらの出方を探る光があった。

 ノルドは間を置かず、目を逸らして答えた。


「いえ。このダンジョン町にあるエルフツリーに、カリスって名前をつけたんです。だから……ちょっと驚いて」


 言い訳がましい笑みを浮かべ、肩をすくめて見せる。

 カリスはふっと目を細めた。


「ふうん、興味があるわ。丁度、エルフツリーの樹液が欲しかったのよ。ラゼル様、魔物の森に行きませんか? この子の実力を測れますよ!」

「それは良いな。そうしよう! 話はその時だ!」


 そのひと言で話は打ち切られた。

 ラゼルが「飯でも食って行くか?」と軽く誘ってきたが、ノルドは「いえ、遠慮いたします」と丁寧に断り、ドラガンと共にその場を後にした。


 去り際、控えめな修道女が静かに頭を下げたのが、妙に印象に残った。

 空気の中に残された気配――あの場にいた誰とも異なる、まっすぐな静けさだった。


 その夜、家でのビュアンの罵詈雑言は凄まじく、ノルドでも止めることは出来なかった。

 次の日、ダンジョン町の森の入口で、ノルドはラゼル王子一行が来るのを待っていた。

 休みで遊びに来ていた孤児院の犬人族の子リコも一緒だ。


 ノルドは、またかなりの時間を待つことになると覚悟していたが、今回は意外にも時間通りにやってきた。


「ごめんなさいね、魔石計しか持ってないから」


 そう言って現れたカリスは、前夜の妖艶さを引き払ったように、しっかりした口調の魔術師の顔だった。

 魔石計とは、一日に八回、色の変わる道具で、ダンジョンや洞窟内でだいたいの時間を知るためのものだ。


「いえ、時間通りですよ」


 ノルドは収納魔法から魔石時計を取り出し、改めて時刻を確認した。


「あんた、そんなもの持ってるの?」


 それは、母親の友人で、聖王国の大商会長グラシアスから誕生日プレゼントとして贈られたものだった。


「ん? どうかしました?」

「その魔道具はね、共和国で発明されたばかりで、高価だし、数も出てないのよ」


 カリスは魔石時計を覗き込むように顔を近づけ、少しだけ目を輝かせた。

 ノルドは気まずそうにそれを収納する。カリスの顔に、残念そうな影が差した。


「これは預かり物です。ところで、ラゼル様の姿が見えませんが?」

「ああ、任せるって。宿でフィオナとよろしくやってるわよ」


 カリスは呆れたように肩をすくめ、皮肉げに笑った。


 もう一人、盗賊のサラがリコの前に立ち、腕を組んでぐっと睨むように見下ろした。ただ、リコの方が背が高い。年齢は同じくらいだろう。


「あんたも荷運びなの? 私はラゼル王子に選ばれた冒険者の一人よ!」


 ラゼルの前とは違い、やや偉そうな口調だった。


「ううん、まだ冒険者のジョブは持ってないの。将来は、ノルドの冒険者パーティに入れてもらえるように頑張ってるの!」

「へえ、荷運びパーティねぇ。まあ、田舎の島の犬にはお似合いよ。頑張りな!」

「はい、よろしくサラ先輩」


 リコは、はにかんだように笑って、それを受け流した。返す言葉には一歩も引かぬ芯の強さがあった。

 そのやりとりを見て、カリスは小さくため息をついた。



「それじゃあ、いきましょうか。ヴァル、案内して」


 ノルドたちの即席パーティは、ダンジョン町に隣接する魔物の森へと足を踏み入れた。

 ノルドにとっては、実家の森に次いで、最も馴染み深い場所だ。

 ダンジョンを目指す冒険者たちの鍛錬の場でもある。


 多くの足跡に踏みならされた自然の道を進むと、視界が開ける。


「鍛錬場」――小さな草原の先に、ごつごつとした岩壁がそびえ立っていた。

 岩壁には、ククリという名の魔碧蔦が絡みついている。火に強く、かつてはシシルナ島のダンジョンでロープ代わりに使われていたが、ノルドが消火薬を注入した特製ロープの販売を始めてからは、徐々に使われなくなっていた。


 蔦は地上まで垂れ下がり、登りやすい。ノルドも、手足のリハビリの際にここで訓練を積んだことがある。


「ここが冒険者の練習場です。少しだけ、リコの練習をしても良いですか?」


 リコはさっそく準備運動を始める。

 ヴァルは、自分の出番が無いと見るや、森の中に餌を探しに出かけていった。


「ふうん、じゃあ私もやる」


 サラも隣で同じ動きを真似始める。


「カリスさんはどうしますか?」


「私は魔術師よ」


 カリスはふっと鼻を鳴らし、ノルドに視線を向けた。

 そのまなざしには、夜の香気よりも冷たい光が宿っていた。


「……ふふ、もしかして、私の魔術でも見たいの? でも――勘違いしないで。試されてるのは、あなたの方よ、ノルド」


 その声音には、からかうような調子の奥に、試す者の目と、仕掛ける者の手があった。

 ノルドは一瞬だけ沈黙し、軽く口元を引き結んだ。


「じゃあ、僕も戦います」


 静かに答えながら、ノルドはダガーナイフとダーツを取り出した。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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