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海賊提督


  シシルナ島、カニナ村村長邸――いや、もはや島随一の大邸宅。


「ディスピオーネ村長、準備が――」

「馬鹿野郎。村長じゃねぇ、提督だ」


 語気を鋭く切り、ディスピオーネは部下を睨みつけた。無造作にハットラックへ手を伸ばし、帽子を取る。


 濃紺の布地に金糸で縫い込まれた、シシルナ島の帽章。静かな光を返すそれは、彼がかつて失ったもの、そして新たに背負うべきものを示していた。


「……行ってくるよ、母さん」

 呟きは低く、だがその胸奥には、剣のように揺るぎない決意が宿っていた。



 ディスピオーネ。その名を知る者は、彼の出自もまた知っていた。ヴァレンシア孤児院の出。島主ガレアの、歳の離れた実兄。


 若き日、彼は島を離れた。自ら望んだわけではない。背中を押したのは、他でもない母ニコラだった。


 特別な才能などないと、自分で思っていた。得たジョブは『開拓者』――夢を見られる名ではあったが、現実は厳しかった。若さゆえの無知、浅い人望、未熟な判断。


「ダメだ……上手くいかない」

 投資した土地は次々に失敗。支援を申し出た者たちは、結果が出ないと見るや手のひらを返し、怒りと嘲笑を浴びせて去っていった。


「騙された」「孤児院の恩を返せ」「無能者」


 後始末と借金だけが残った。そして、心の支えだった妻――カズミが、病に倒れた。


「……俺が、苦労をかけたせいだ」


 幼馴染であり、唯一無二の伴侶。明るく、強く、いつも背中を支えてくれた。だが、もういない。

 その亡骸の前で、彼は静かに語った。

「――帰ろう。あの島へ」



 帰還は、ひっそりと済ませるはずだった。だが船着場には、一人の女性が待っていた。リコラだった。


「……お帰り」

 それだけ。けれど、すべてが詰まった言葉だった。


 翌朝、孤児院のガーデンルーム。ニコラに呼び出された。


「カニナ村へ行きな」

「……そんな村、島の地図にも載ってない」

「だからこそだよ。大事な荷物は預かっておく。資金も出す。行っといで、開拓者さん」


 命令のようで、慈しみのこもった声。馬車を一台買い、彼は地図の片隅にあるその村へと向かった。


「そうだ、お前に訊いておくよ。お前はカニナ村を、どんな村にしたい? お前の“理想”は何だい? 決まったら――手紙を寄こしな」

「ああ……」

 返事は曖昧でも、その瞳は真剣に未来を見据えていた。



 たどり着いた村は、山と草原に囲まれた、名もなき集落だった。


 ある休日、牧草地に寝転びながら、ディスピオーネは青空を見ていた。山から下りてくる風が心地よい。犬が馬を追い、草を食む音が遠くに聞こえる。

 ――この島は、美しい。


 海の幸と山の幸が交わり、多彩な村が息づいている。チョコレートの村、陶器の村。どれも魅力があるのに、島全体は未だ「海賊島」「火山島」としか知られていない。


「……知られていない。もったいないな」

 近くの馬飼いに尋ねた。

「あの施設は何だ?」

「競馬場と競犬場さ。賭けもある。見に来なよ、楽しいぜ」


 言葉の通り、競犬は本格的だった。歴史もあり、地域の楽しみとして根づいていた。


「面白い……ここは、賭博が文化になってるんだな」

 彼は拙速な儲けに走らず、村に溶け込み、困りごとを一つ一つ拾い上げていった。焦りは、もうなかった。


 やがて自らの手で、小さな家を建て、博打宿と食堂を開き、港町との定期馬車を通した。それは、雇用を生み、信頼を築く礎でもあった。


 あの頃のような無理は、もうしなかった。むしろ反対の方法だった。


「お前の理想とするカニナ村が、見えたんだね?」

「はい」


 ニコラの問いに、今度は迷いなく応えた。彼女は、嬉しそうに微笑んだ。


 そして、村は着実に変貌していった。大陸でも名の知れた合法賭博地域へと。


 ニコラの特例許可があったからこそ成立した計画だった。


「母さん、どうして俺にそこまで……」

 ニコラの死後、ガレアが呆れたように言った。

「……結局、ディスピオーネ殿には甘かったんですよ。記録でも特例中の特例扱いです」

「どれだけ島を潤したと思ってるんだ?」

「普通あれだけ不正があったら追放ですよ。あなたしか許されませんよ。しっかりしてください、長男なんですから」


 だが、彼にはもうわかっていた。なぜ、母があれほど自分を信じたのか。


 カズミの死を憐れんだからでも、ガレアの代わりだからでもない――


 母は、ただ彼を「真の後継者」として見ていたのだ。



 ニコラが亡くなる数日前。

 彼はただ一人、母の部屋に呼ばれた。傍らには、後継者に指名された娘・メグミが控えていた。


「お前、もう分かってるね。遊びの時間は終わりだよ」

「……はい。準備は、済ませてあります」

「なら、頼んだよ。提督」


 母が息を引き取った時、その瞬間――

 彼に新たなジョブが発現した。


 それは、母から継がれた“島を守る者”の証。


 ――海賊提督。

 いま、精霊の風が告げる。大陸から、そしてこの島から。

 新たな嵐の気配が迫っていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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