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国防隊長 ローカン

外伝 ローカンのお話です。荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣もよろしくお願いします

 元シシルナ島警備総長、ローカンは今、山間の小国――サン=マリエル公国にいた。

 要塞都市であり、彼が生まれ育った故郷でもある。


 その朝、彼は街門の脇の岩場にもたれ、目を細めて静かな牧草地を眺めていた。

 羊が群れを成し、のどかに草を食んでいる。


「何やってるの?」

 声をかけてきたのはヒカリ。小道具屋に勤め、冒険者ギルドの受付嬢見習いとして頑張る少女だ。


「見てわからんか? 羊を数えてた」

 ローカンは、どこか含み笑いを浮かべて答えた。

「……しっかりしてよ。あんた、一応、国防隊長なんでしょ?」


「そうだ。ついでに男爵様でもある」

 彼の言葉にヒカリはくすっと笑い、ローカンも喉の奥で軽く笑みをこぼす。


 彼がこの地に戻って三年。宰相からの依頼で赴任した当初とは違い、今では時間も空気も緩やかだった。

「で? 何かあったのか」

「実はね――馬がいなくなった人がいるんだ。魔物の仕業かもしれないって」

 ローカンの背筋がすっと伸び、岩にもたれていた姿勢が一変した。

 目には静かな鋭さが戻り、彼はすぐに立ち上がった。


「見に行こう」

 彼はいま、サン=マリエル公国の国防隊長であり、冒険者ギルド長でもある。

 かつてこの公国の外縁は魔物だらけで、街道ですら油断できなかった。


 だが事態は一変した。

――ネフェル聖女の訪問。

 彼女の使役する山のグリフォンによって大型魔物は討伐され、ローカンが指揮した掃討作戦も功を奏した。


 聖女の浄化魔法が及び、以後魔物の出現は激減。

 それに伴い冒険者たちの需要も減り、ギルドには地元の顔ぶれだけが残った。


 かつてのギルド長は、その機に乗じて引退。

「さすがローカンだ。これで安心してのんびりできる」

 名誉職であるその座は、当然のように彼に託された。

 副ギルド長すら置けない小国の事情に、「また仕事が増えた」と文句を言っていたかつての彼ではない。


 今は笑みを浮かべ、静かに引き受けた。ヒカリの案内で、二人は現場へ向かう。目的地は、要塞都市の裏手にある馬小屋。

 崩れた岩壁がそのまま放置され、そのすぐ隣に位置している。


「ここだ」

 ヒカリが指差す地面には、蹄とは異なる奇妙な足跡が残され、岩壁へと続いていた。

「ああ……確かに、人のものではないな」

 足跡をじっと見つめ、ローカンは覚悟を決めるように言った。


「追うぞ」

「えっ、一人で?」

 ヒカリが驚きを隠せずに尋ねた。


「その方が早い」

 ローカンは岩壁を見やり、状況を整理した。

「門番を半数こちらに回し、岩壁の修繕を急いで依頼してくれ」

「了解!」ヒカリは駆け出す。

 ローカンはその背を見送り、鋭い眼光を岩壁の先に向けた。


 かつて気楽だった警備総長の面影は薄く、今の彼は熟練な戦士のようだ。

 数年にわたり、彼はクライドの鍛錬に同行し、この地でも魔物討伐に精を出してきた。歳を重ねた彼の冒険者レベルは、皮肉にも急激に上昇している。


――粗食と早朝の鍛錬、実戦の日々。

 その結果、かつてはぽっちゃりと揶揄された体型も、今では引き締まっている。


「ぽっちゃりと言われていた俺がな……いまやこれだ」

 小さく呟き、ローカンはかつて美人だった受付嬢のことを思い返す。

 彼女は前ギルド長と噂になり、引退と共に職も辞し、玉の輿に乗ってどこかへ嫁いだらしい。


「おかしいな。俺の方が若いはずなのに」

 思わず笑みがこぼれた。

「……まあ、いい。仕事だ」

 ローカンは独り言のようにそう言い、歩を止めず岩場を越えていく。


――この姿を島主にも、ノルド君にも、ヴァル君にも見せてやりたいものだと。

 獣の気配を追い、彼は岩壁の向こうへと静かに消えていった。

足跡をたどったローカンは、岩壁の割れ目の奥――小さな洞窟の前にたどり着いた。


「……よし、ノルド君直伝の作戦でいくか」

 一度要塞都市の自宅に戻り、彼は物置から大きな道具袋を取り出した。中身は、煙幕や各種薬、トラップがぎっしり詰まった“戦利品”だ。


 ノルド君に泣き落としの手紙を何度か送ったら、聖王国グラシアス商会の会長本人が持参したという──まさかの逸話付きの道具袋。


 いまやローカンの大切な宝物であり、信頼できる戦友でもある。

「……で、何でついてきてるんだ?」

 道具袋を担ぎ直しながら問いかけると、横にいたヒカリがニカッと笑った。


「お手伝いです! ギルド受付嬢見習いの実地訓練ってやつ」

 口では軽く言っているが、彼女はギルドに採用されてから訓練をしっかり積んでいた。前任の美人受付嬢が先代ギルド長との玉の輿話で姿を消してから、ローカンが推したのが彼女だった。


「まずは、周囲に罠を仕掛けよう! 間違いのないようにな!」

「私の方が、手際が良いですけどね」

 笑い合いながら、ふたりは洞窟前に並び立つ。

「ただのゴブリンだけとは限らん。気をつけて行こう」

「はーい、隊長!」


 ローカンは手慣れた動作で、煙幕玉の栓を抜いて洞窟内へ投げ入れる。眠り薬入りのそれは、ノルド特製のもので、使い勝手は最高だった。数秒後、中から何の音も聞こえない。


「……静かすぎるな」

「うん、多分寝てると思う」

 ローカンは光魔法を展開し、洞窟内部を淡く照らしながら踏み込む。すると、寝息を立てるゴブリンたちの姿がぽつぽつと見えてきた。

 その奥では、ボブゴブリンまでが器用に丸くなって熟睡している。


「……ノルドの煙幕、効きすぎだろ」

 ため息交じりに呟きつつも、ローカンは手早く掃討作業を終えた。もはや彼の動きに、かつての緩さはない。



「おかえりなさーい!」

 洞窟を出ると、ヒカリが火を起こし、鍋でスープを煮ていた。例の袋の中には食器まで入っていたらしい。


「……何やってんだ」

「夕飯です。ちゃんと働いたら食べないとね。ほら、こっちに来て。罠のあるとこ踏まないでくださいよ!」


「はぁ……」

 呆れながらも、ローカンは差し出されたスープを受け取った。湯気が立ちのぼるその味は、少し薄いが、なぜか懐かしかった。シシルナ島の海鮮スープを思い出した。


「そういえば、馬は?」

「洞窟の奥で寝てた。きっと目が覚めたら勝手に戻るだろう」

「なら、よかった」

 風が草を揺らしていた。


 ローカンは湯気越しに、ぽつりと呟いた。

「なあ、ヒカリ。冬になったら……シシルナ島に行かないか? 祝祭を見に」

 ヒカリはスプーンを口に運びかけて、ふと手を止める。


「……なにそれ。ムードのないプロポーズね」

 からかうように笑って、けれど声の奥に、ほんの少し照れたような温度があった。


「でも、いいですよ」

 ローカンは、返事を聞いてから少し間を置いて、苦笑する。口角がゆるみ、眉のあたりが和らいでいる。


 その表情には、穏やかさがにじんでいた。

「……よし。帰るか。宰相に報告もしないとな」

 ふたりの背中が、岩壁に長く伸びる。夕焼けが山上の草原を染めていた。


荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣 始まりました。よろしくお願いします。

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