マルティリア島 特別編 帰還 母が待つ島へ
その夜、キサラギの提案で歓迎会が急遽開かれることになった。窃盗団とイルは、翌朝、支援船でシシルナ島の監獄へと移送される予定だ。
「お前、こういう段取りだけは早いな」
サルサが呆れたように言う。
「だってぇ、サルサ様が明日の夜には帰るってぇ~」
掘り返された庭に村民が集まり、支援船のスタッフと屋敷の人々が用意した立食パーティが始まった。リコは張り切って準備を手伝っていた。
「お手伝いしてくる!」
料理の材料のほとんどが支援船からの提供品。新鮮な魚は、待機中のクルーが釣り上げたものだった。
「ちゃっかりしてやがるな!」とマルカスが笑い、グラスを掲げた。
パーティの開会とともに、キサラギが島民に向かって深々と頭を下げた。
「このたびは、皆さまに多大なるご迷惑をおかけしました。すべて、私の至らなさ故です」
長老たちは彼女を叱責するどころか、温かく迎え入れた。
「おかげで心配せず眠れたよ。もうこのまま天国へ行くのかと思ったが……お前の顔が見られてよかった」
「……甘やかしすぎです」
サルサが苦い顔をしたが、その目に柔らかな光が宿っていた。
ヴァルは子どもたちと遊び、ノルドは輪に入れず所在なげに立っていた。キサラギはそんな彼を見つけ、にこやかに島民に紹介する。
「この島の薬師がいなくなってしまって……代わりに来てほしいくらいなの」
「ぜひ、お願いしたい!」と島民が歓声を上げる。
照れたように苦笑いするノルド。そんな彼に、キサラギは首飾りを手渡した。
「サルサ様ご一行には、マルティリア島の褒章を授与いたします」
それは、かつてこの島で鋳造されていたという金貨をあしらった首飾りだった。価値は高くないが、温かみのある贈り物だ。
「わあ……!」リコの目が輝く。
サルサやマルカスは静かに微笑み、ノルドとリコの反応を見守っていた。
「ヴァルにも、もちろんあるわ。そして……これを、御方に」
短いリボンの先には、古びた銀貨のペンダント。宝石が散りばめられ、ささやかだが特別な一品だった。
その夜、ノルドはそれをビュアンかけてあげる。
「なんだ、小さな銀貨かと思ったら……ほう、これは……」
ビュアンは興味深そうにそれを見つめ、満足そうにノルドの周りを舞った。
※
最終日の昼、皆で島の裏手にあるプライベートビーチへ向かう。波音が優しく打ち寄せる中、リコが元気に声を上げた。
「ノルドにはこれね!」
「僕、海はちょっと……」
「大丈夫、浮き輪あるもん! 泳ぎの練習しましょう!」
ノルドは魔道具製の浮き輪を渡され、恐るおそる海に入る。体がぷかりと浮かび、思わず笑みがこぼれた。
リコとヴァルは犬掻きで軽やかに泳ぐ。
「いつ練習したの?」
「んー? 気づいたら泳げてた!」
「ワオーン!」
日差しは強く、潮風は心地よい。その晩、ノルドは真っ赤に日焼けしたリコのために薬を調合しながら、あるアイディアを思いついた。
「……日焼け止めクリーム、作れないかな?」
※
深夜、魔物の森の中心部。エルフツリー、ウインマレのもとに別れを告げに行く。
「それじゃあね、ウインマレ」
「ありがとう、ビュアン様。皆さん」
周囲を舞う精霊たちが、光を宿した羽を震わせながら挨拶する。
「また来てあげるわね」
帰り道、ノルドがぽつりと尋ねた。
「……精霊の木って、話すんだね?」
「ええ。でもね、ある程度大きくなると、私くらいじゃ口もきいてもらえないのよ」
「ビュアンでも?」
「彼女たちは、森そのもの、この地そのものなの。話せるうちに、また来ようね」
「うん、絶対に!」
ノルドは、島の薬師が見つかるまで薬を補充する任を任された。船便でも対応はできるが、時々訪れるのも悪くない。
「私も来るー!」と、真っ黒に日焼けしたリコが元気に手を挙げた。
その夜、チャーター船が港を離れる。訪れたときは無人だった岸壁に、キサラギをはじめ多くの島民が集まり、手を振っていた。
「また来てねー!」という声が、夜の海に響く。
船の上では、皆ぐっすり眠っている。
「母さんに、土産話できたかな……」
ひとり甲板に立ってノルドが呟くと、ヴァルがそっと寄り添ってきた。
高速の船は、星の海をまっすぐに進む。犬人は卓越した腕を持つ漁師だった。
船が揺れ、減速する。朝霧の中、シシルナ島の輪郭が姿を現す。
ノルドの胸に、幼い記憶がよみがえる。セラに抱かれて訪れた、あの朝。けれど、彼女はもういない。
岸壁に、ひとりの人影が立っている。
ヴァルが気づいたが、何も言わなかった。
「母さん、ただいま――!」
ノルドは、大声を出して思い切り手を振った。
マルティリア島編 完
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