表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/195

マルティリア島 特別編6 ウインマレ


「マルティリアの精霊の木よ、あなたに私が名前をつけましょう」


「名前……?」

「そう、名前よ。海風の木――ウインマレ。どう?」


 ビュアンはずっとこの瞬間を夢見ていた。名前を持たぬ精霊木に、自分の言葉で呼びかける日を。木の周りをくるくると飛びながら、返事を待つ目はきらきらと輝いていた。


「ありがとう!」

「よかった」

 ビュアンは嬉しそうに頷き、暗い空に向かって祈りを捧げた。


「我が父にして、我らが精霊の王よ。傷ついた我が名付けの子、ウインマレにその力の一片を御示しください。そしてこの森の精霊の子よ、現れて親愛を示しなさい」


 雷ではなく、光の筒が天から降り注ぎ、ウインマレを照らす。時を同じくして、隠れていた森の精霊の子たちが現れ、精霊木の周囲をくるくると回り始めた。


 ウインマレは喜びの声を上げ、みるみるうちに生命力を取り戻していった。精霊の木が、生きることに希望を持ち、自ら魔力を生み出しているのがわかる。


「元気出た? ウインマレ!」

「ありがとう、ビュアン様、みなさん!」

「ふふふ、じゃあ、また明日くるわね! 大人しくしててね!」


 そう言って、ビュアンはノルドの肩に、自慢げに腰を下ろした。


「お疲れ様。大活躍だね、ビュアン」

「ほっておけないもの。疲れたから、甘いもの食べたいな」


「私も……」穴掘りに疲れたリコが叫ぶ。

「ワオーン!」ヴァルは「お肉」と言っているらしい。


 きっとサルサは、こうなることを最初から予想していたんだろう――ノルドはそんな気がした。

「ああ、でも……帰っても薬作りが待ってるんだよな……眠いなあ」


 森を抜け、キサラギの館へ戻ると、朝の漁港の風景が見えた。支援船が入港し、村民たちの姿も戻ってきている。死んでいた村が、生き返ったようだった。


 ノルドたちは目を細め、景色を見つめた。

 そこには、確かに「生きよう」とする気配が、息づいていた。


「良かったね。じゃあ、ケーキとお肉の報酬をもらって、部屋で食べよう!」


 ノルドたちは足早に、館の中へと入っていった。

 ノルドが薬剤室にある簡易ベッドで目を覚ました。部屋にはもう、リコやヴァルの姿はなかった。陽はすでに大きく傾き、窓から射す斜光が棚の薬瓶をやわらかく照らしていた。


 彼は一人、昼過ぎまで黙々と製薬作業に没頭して仮眠を取ろうとして……


「おはよう、ノルド」

 眠たげな声とともに、ビュアンが姿を現す。彼女も昨夜、薬作り――という名のお喋りをして、最後まで付き合っていた。


 森に入ると、湿った空気の中で、遠くから羽音が裂けるのが聞こえた。

 魔烏の群れとの戦闘――いや、討伐が行われている。


 キサラギとヴィスコンティ姉弟が連携し、一羽ずつ着実に魔烏を仕留めていた。

 マルカスが先行して敵影を察知し、サルサが拘束魔法で動きを封じ、キサラギの魔弓が容赦なく撃ち抜く。


「こいつらのせいだ……っ!」

 キサラギの矢には、魔力だけでなく、深く燃える怒りが宿っていた。矢がその想いごと空を切り裂いていく。


「そろそろ終わりにしよう。全滅させてはいけない。……お前らが見回りサボったから、魔烏が増えたんだからな」


 ニコラは軽口ではあったが、そこには確かな指導の意志があった。

 ノルドは軽く会釈し、言葉少なにエルフツリーの元へと向かう。


 幹の周囲には魔烏の死骸がいくつも転がり、リコとヴァルが手際よく後始末をしていた。


「あっ、ノルド起きた!」

 リコが手を振る。ヴァルはノルドの姿にぱたぱたと尻尾を振った。


「ビュアン様、来てくれた!」

 ウインマレ――エルフツリーの声がかすかに揺れた。喜びに満ちた、けれどまだどこか弱々しい声だ。


「まったく、甘えん坊なんだから。でも……元気になったわね」

 ビュアンがそっと微笑む。


 根元には、まだわずかに汚れた魔力が染み出していた。けれど、その色は明らかに薄れている。森の空気も、わずかに清らかさを取り戻しつつあった。

 ビュアンとウインマレが静かに言葉を交わす間に、ノルドは手元の瓶を取り出す。


 香りを確かめると、慎重に最後のポーションを木の根へと注ぎ込んだ。

「……これで、もう大丈夫かな」


 彼の手は、昨日のように震えていなかった。呼吸も、森と同じように静かだった。

 ポーションは、もうすぐ不要になるだろう。むしろ邪魔になるかもしれない。それは治ったということだ。


 夜の帳が降りると、森の奥に微かな光が灯った。

 昨日は、ビュアンの呼び出しだったが、今日は何も言わずとも、精霊の子たちがそっと姿を現す。

「現金な子たち……でも、ウインマレ、怒らないであげて」


 ビュアンが静かに告げる。

「汚れた魔力のそばにいると、精霊だって病気になるの。みんな、怖かったのよ」


「……うん。もう、わかってる。ちゃんと、わかってるよ」


 ウインマレの声は、ほんの少し照れていた。

 そのとき、精霊の子たちがふわりと明るく輝いた。



『ごめんね、一人にして』


 それは、風に紛れて届いた、かすかな謝罪のようだった。

 夜の森に、静かな祝福が満ちていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ