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マルティリア島 特別編4 イル

「ああ、わかってるよ。これから答え合わせをしよう。逃げられる前にな」

 サルサは静かに言い、ヴァルに目配せする。

「ヴァル、案内を!」

 導かれるように、サルサ一行と管轄官は屋敷の裏手へと走った。


 その先、島の外れにある普段使われない小さな桟橋。そこには、一艘の船が静かに停泊していた。

「おい、早く積み込め。もう村人も起き始めてるぞ」

 見知らぬ男たちとともに、マルティリア管轄官の執事が、慌ただしく荷を積んでいた。


「……何してるの? イル?」

 サルサの背後から声がした。彼女が執事の名を呼ぶと、彼は目をそらし、黙ってうつむいた。

「それまでだ。死にたくなかったら、手を上げて降参しろ!」

 サルサが警告の声を上げる。厳しい口調に、ノルドとリコが、思わず両手を挙げた。


「お前たちに負けると思うのか!」

 窃盗団のボスらしき大男が叫び、剣を抜いて振りかざす。他の男たちも次々に武器を構え、明らかに場慣れした様子を見せた。


「おい、やめろ! まじで、やめろって!」

 マルカスが青ざめて叫ぶ。その姿を見て、ボスは不敵に笑ったまま、剣を振り上げた。


「じゃあ――死ね」

 サルサが静かに告げたその瞬間。ボスの体がびくりと震えた。

 次の刹那、彼は目を見開いたまま膝をつき、泡を吹いて崩れ落ちた。


「あーあ、だからやめろって言ったのに……」

 マルカスが肩を落としてぼやく。

「な、何が起きたんですかぁ?」

 キサラギが、場違いなほど呑気に尋ねた。

「姉さん得意の闇魔法。別名サイレントキルだよ。で?  他のやつらはどうする? 降参するか?」

 残った男たちは一瞬で戦意を喪失し、半泣きで武器を捨てて両手を挙げた。


「逃げようとしたり、反抗はするなよ。さあ、屋敷の牢屋へ移動しろ。案内してやる」

 サルサの一声に、彼らは言われるまま、自分の足で牢屋へと歩き出す。

「犯罪者が自分から牢屋に行くの、初めて見ましたぁ……」

 キラサギが、またも感心したように呟いた。

 ノルドとリコは、目の前で見た闇魔法の威力に怯えていた。その様子を見たマルカスが呟いた。


「サイレントキルは、効く相手が決まってるんだ。善良な者や、精霊の加護がある者には反応しないよ」本当は他にも対象は一人とであったりと幾つも条件があるのだが……


「……じゃあ、大丈夫。良い子にしてよっと……」

 リコはひっそりと心に誓った。

 船に積み込もうとしていた荷車には、村中から盗まれた金品が山のようだ。

「良かったぁ、パパからもらった大切なネックレスとマルティリア島の預金がぁ」

 キサラギは、山の中から、一際大きな財宝箱を指差して、首飾りを身につけて、嬉しくて飛び跳ねていた。


「お前が主犯なんだろう?」

サルサは冷たく問いかける。目の前の男の瞳を、静かに、けれど逃さぬよう強く見据えていた。

その視線は、言葉よりも明確に、“逃げ場はない”と告げていた。


「窃盗団のボスに脅されていたんです。だからやむなく……キサラギ様」

 だが、男――執事のイルを見る彼女の目つきは、氷のように冷たい。

 イルの肩がわずかに揺れた。その瞬間、サルサが鋭く声を上げる。


「これは何だ!」

 サルサは、針が刺さったままの空の導液嚢を男の目前に突き出した。

「お前、この島のエルフツリーを狂わせただろう?」


導液嚢――エルフツリーに異物を入れて、汚れた魔力を島中に撒き散らす起爆剤だと、ノルドが分析を終えていた。

「……何のことですか?」

イルは眉一つ動かさずにシラを切る。

「この館の薬剤室は立派だったな。なんでもお前は薬師でもあるんだろう? 魔力吸収布の素材も揃ってた。なのになぜ眠り草を使う進言をした? 何の解決にもならないだろうに」


「原因が……わからなかったんだ。だから」

イルの声は微かに震えていた。

「そうか。なら、ひとつだけ教えてくれ。なぜ人族のお前が体調を崩していないんだ? この島で暮らす他の皆は、治療せねばならなかったのに」

「…………」


「言い訳はもういい」

サルサの口調が鋭くなった。

「シシルナ島との連絡用のアンテナを切り、エルフツリーを狂わせ、キサラギ管轄官を唆して島民を眠らせた――


……それらを実行したのは“お前”だけだ。盗みはチームだったとしてもな」

「違う……俺は……命令されて……」

「そうそう、薬剤室にあった書庫。ノルドが調べていたよ。あの子は本好きだからな」

サルサは古びた本を取り出した。


「そこに、過去に似たような事件が記録されていた。エルフツリーが狂い、魔烏に支配された。……これは、お前の書き込みじゃないか?」

イルの顔がひきつる。手が微かに震えた。


「残念だったな。魔烏を使って封鎖したがお前たちも島を出られなくなったわけだ」

「くそ……もっと早く、あいつらが来ていれば……獣人さえいなければ……!」

悔しそうな顔を隠そうともせず、イルは忌々しく吐き捨てた。


 キサラギが、堪えきれず声を上げる。

「なぜ……なぜ、裏切ったのですか? イル……」

その声には、怒りだけではない。


 幼くして父を亡くした彼女にとって、後見人として寄り添ってくれた存在――その人に裏切られた、深い痛みが滲んでいた。

イルはキサラギの方を見た。その瞳に映るのは、もう何の情もない。


「自分の胸に聞くといい。……お前の下で働くのなんて、懲り懲りだ! どれだけこき使うつもりだ!」

声は恨みに満ちていた。

 捨て台詞と共に、イルは若い執事たちに取り押さえられ、抵抗する間もなく牢屋へと引きずられていった。


「魔がさしたのさ」

 サルサはため息混じりにそう言い、窃盗団のボスの遺体から発見したイルの借金の証文を見せた。

 博打で大負けし、返済の目処が立たなくなったイルは、自ら窃盗団と手を組み、この島の混乱を引き起こしていたのだ。


 その事実が明らかになり、キサラギ・マルティリアの胸には再び怒りと悲しみが交錯した。

「なんて馬鹿なことを……」

 ぼう然と立ち尽くすキサラギの頭に、そっと手を置いた。


「優しさは捨てなくていい。ただ、それだけで島は守れない。――覚えておきなさい」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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