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マルティリア島 特別編3 キサラギ


 サルサとノルドは、館の一室にあるとても立派な薬剤室兼文献庫を借りて調薬を始めることにした。必要な材料と簡易器具は、背負って持ち込んである。ノルドは、部屋を見回して、いつも使われていることを感じた。


「布を売っていた商人を問い詰めたが、調薬法までは教えてくれなかった。脅したんだがな……。魔力さえ抜ければいい。布に含まれていたのは、これだ」


 サルサは手帳を開き、ノルドに成分表のメモを見せる。

「成分から逆算して考えてみます」

 ノルドは立ったまま、メモを睨むように見つめる。部屋の空気が、静かに沈んだ。


 成分を逆算し、精製手順を組み立て、必要な原材料を頭の中で一つずつ並べていく。思考の海に潜り、解法を探る。


「さすがのノルドでも難しいかな?」

 サルサが軽く笑う。その目は――すでに何かを見通している。さすがは天才医師。

 ノルドは息を吐き、顔を上げた。

「……たぶん、これでいけると思います。合ってるかは、わかりませんが」


 彼は手帳に、必要な原材料と手順を一つずつ丁寧に書き記していく。

「この草は何だ?」サルサは手帳の文字を指さしながら尋ねた。


「魔草のひとつ、シロウツリ草です。魔力を測るときに僕がよく使うんですよ。この草を混ぜておけば、魔力の汚れも見えるはずです」

「さすがノルドだな。じゃあ、薬の調合は頼んだ。私は患者の様子を診てくる」


 サルサは器具と材料を手際よく並べると、慌ただしく部屋を出ていった。

 同じ薬を作っても、医師と薬師では出来上がりがまるで違う。


 ましてノルドは、止まることを知らない探究心と、生まれ持った天才的な才で、いつも別格の成果を出してしまう。しかも成功率も段違いだ。

 だから、貴重な薬の製造はいつも彼に任せてしまうのだ。


「まあ、今回は別の理由もあるけど……」

 サルサは小声で呟きながら、患者のもとへと向かった。


「吸血鬼ってば、人使いが荒いわね」

 ノルドが真剣に調合に取り組んでいる肩に、妖精ビュアンがひょいと飛び乗った。

「あれ、ビュアン。シシルナ島を出てきていいの?」ノルドが驚いて尋ねる。

「ノルドが出るなら私も一緒よ。置いていくつもり? 子犬もいるのに」


「まさか、でも精霊王様が……」

 ビュアンはそんな言葉を無視して、にっこり笑いながら言った。

「それに子供用もちゃんと作らなきゃダメよ。魔力が抜けすぎちゃうからね」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

 妖精と牙狼人は、笑い声を交えながら、楽しそうに薬を作り続けた。


「はぁ、助かりましたぁ」

 ノルドのリカバリーポーションの効き目により、あっという間に目を覚ましたマルティリア管轄官は、上半身を起こしてノルドの作った蜂蜜水を一口飲み、お礼を言った。


「それで、なぜ救援要請を出さなかったんだ?」

 サルサが静かに問いかける。

「いえ、出そうとしたんです。でも、通信機の魔道具が壊れていてぇ。仕方なく船で救助を呼びに出したんですが、魔烏たちに行く手を阻まれてしまって……」


「それで、寝てたのか?」

 サルサは呆れたように彼女を見下ろす。彼女の名は、キサラギ・マルティリア。


「はい。まあ、いつか誰か来るかなって思いまして……へへへ」

 その気の抜けた笑みに、彼女の儚げな印象が一気に崩れ落ちる。サルサは思わず頭を抱えた。

「他にも、やりようがあっただろうが……」


「そうですかぁ? でも、サルサ様がわざわざこんな小さな島まで来てくださって、感謝してますぅ」


 ――そういえば。

 ガレアからの報告書に、こうあったのを思い出す。

《マルティリア島はもともと独立していたが、現在の領主に問題があるため、暫定的にシシルナ島が預かっている》と――。


「さあ、起きたら仕事しろ!」

「はーい、歓迎会の準備しまーす」

「違うだろう。島民の安否確認だ!」


 サルサは頭を抱えた。あの元勇者たちよりもたちが悪い。いや、それは彼らに失礼過ぎる。あの方たちは、大陸を何度も救ったのだから。


「いったいどう考えたら、村人全員に眠り草を配るって発想になるんだ。誰の入れ知恵か?」

 サルサは彼女を問い詰め、詳しい事情を聞き出した。

 キラサギの言っていた通信機の故障は、どうやらアンテナ部分の断線が原因だった。


「これは……魔烏の仕業か?」

 サルサは屋敷の屋上へと足を運ぶ。空気にわずかに漂う、あの禍々しい気配。魔烏のものだ。

 だが、アンテナの断線部分には、ナイフで斬りつけられたような鋭い切り跡が残っていた。


 そのとき、魔物の森から戻ったヴァルが、針が刺さったままの空の導液嚢を口にくわえてサルサのもとへやって来た。


「ありがとう、ヴァル。ノルドと中身を確かめてみるよ。ついでに、もう一仕事頼みたいのだが! この匂いを追ってくれ!」


 サルサの声に、ヴァルは嬉しそうにしっぽを振り、小さく鳴くとすぐさま駆け出していった。

 やがて、ノルドが調合した薬が完成し、一行は村人たちの治療に取りかかった。


 本来なら伝染病を疑うような症状だったが、これは明らかに魔力による汚染だった。

「この島に長く留まれば、また体調を崩すかもしれない。全員を支援船に乗せるのは無理だが……まあ、明日にはケリをつけるさ」


 支援船の船長と相談の末、まずは子供と老人たちだけを避難させることが決まった。


 日は瞬く間に傾いていく。

 ――そのときだった。


「……あの、実は、大変なことが……」

 マルティリア管轄官が青ざめた顔でサルサのもとに駆け寄ってきた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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