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マルティリア島 特別編1

特別編 隣の島のお話です。

「セラ、ノルドを貸してくれないか?」

 サナトリウムの医師サルサが、わざわざ家までやって来た。

 製薬や雑用で呼ばれることは何度もあったが、玄関先に立つのは何か違った。


 セラはノルドの前に一出て、目を細めた。

「どういったご用件ですか?」

「シシルナ島の南に、マルティリア島という小さな島がある。知っているか?」

「ええ、シシルナの管轄にある島ですよね」

「その通りだ。そこに疫病が広がっている。マルカスとわしで調査と治療に向かう。そこで、ノルドに手伝ってほしい」


 その言葉が落ちた瞬間、セラの顔が静かにこわばった。

「――それは、お断りします」

 凛とした声だった。即答。迷いのない拒絶。

 ノルドが思わずセラを見上げる。彼女の瞳の奥には強い恐れがあった。

「はは……セラは相変わらず心配性だな」

 サルサが笑いながら肩をすくめる。

「だが安心しろ。この病は人族にしかかからない。獣人族も、わしらも無事だ」

「本当ですか?」セラの声がわずかに揺れた。

「ああ。発症のメカニズムも、ある程度は掴んでいる」


 長い沈黙ののち、セラはノルドに視線を向けた。

 子を想う母の顔。けれどその奥には、どこか覚悟の光がにじんでいる。

「……ノルド。あなたが決めなさい」

 ノルドはじっとセラの目を見つめてから、小さく頷いた。


「見てみたいんだ。この島の外を」


 翌日の早朝。灯台の光しかない、まだ暗い港。

 波止場には、チャーターされた小舟がひっそりと浮かんでいた。


ノルド、セラ、そしてヴァルが到着すると、すでにヴィスコンティ姉弟の姿があった。

「えっ、リコも来るの?」

 ノルドが目を丸くする。

「へへっ、人手が足りないって聞いてさ」

 リコは尻尾をぱたぱた振りながら、得意げに胸を張った。


「ワオーン!」ヴァルが勢いよく吠える。

 その声に、ふと港の端に視線を向けると――

 灯台の光に照らされた馬車の中に人影が見えた。セラだった。


(……こっそり見送りに来たんだ)

 けれど、ヴァルが吠えたことで、あっさりバレてしまった。

 セラは恥ずかしそうに窓を開け、ゆっくりと手を振る。

「セラ母さーん!」

 リコが元気いっぱいに手を振り返し、ノルドも小さく手を上げた。


 出港の笛が鳴った。初めての海の向こう。

ノルドにとっては、記憶にある限り――これが初めて、シシルナ島を離れる旅だった。船はゆっくりと岸を離れていく。きしむ舳先、陽を受けてきらめく波。


 視界の端で、島の影が少しずつ遠ざかっていく。潮風が頬をなでた。

 それだけのはずなのに、目が熱い。

 理由もわからないまま、涙がひとすじ、ぽろりとこぼれ落ちた。


「すぐに帰ってくるんだよ、ノルド」

「……うん、わかってる。でも……」

「土産話、いっぱい持って帰ろうね!」

 リコが笑い、ヴァルがそっとノルドの足元に体を押し当てた。


「……遊びに行くわけじゃないんだけどなあ」

 サルサが苦笑まじりにぼやく。

 けれど、マルカスは船のへりにもたれてぽつりと言った。

「それでも……俺は、姉さんと一緒に働けるの、ちょっと楽しみだな」

「はいはい、ここにもお気楽なやつがいたよー!」

リコが呆れたように返す。


「着く前に説明しておこう。“疫病”と呼ぶには、大げさすぎるかもしれない。正確には“風土病”――あの島だけに広がる奇妙な病のこと」


シシルナ島一の町医者マルカスの医院。

 ただの診察所から病院に格上げされたが、規模も場所もサボり具合も変わっていない。数日前、マルティリア島の患者がやってきた。


「先生、お願いします、この子が……!」

 飛び込んできた母親の腕の中にはぐったりとした少女。

 頬は紅潮し、唇はかすかに震えている。立つことすらままならず、母親にしがみついていた。母親も顔色がかなり悪そうだった。


「ここに寝て」

 マルカスは少女を診察室のベッドに寝かせて診察した。

「ただの風邪じゃないな。過剰な魔力が体の中にあるのか……」

 マルカスは白い魔力吸収布を取り出し、少女の額にそっと当てた。

 布にじわりと異様な色が染み込み、まるで黒ずんだ染料のように広がっていく。


「この布は魔力を吸収して、その異常を色として映し出す。色の濃さが魔力の異常度合いを示している」

 看護師のカノンに同じ布を母親の額に当てさせると、娘よりは薄いが黒色の塗料が染み込んだ。

「マルカス、この色は?」

「ああ、はっきりはわからんが、汚れた魔力だな。全部吸い取って、ポーションで回復してみよう。カノン、頼んだ」患者の体を労わり、ゆっくりと治療を進めることにした。


 母親はすぐに正常な体に戻った。

「何があったか教えてもらえますか?」

 幾つか質問したが、取り立てて問題になるようなことはしていなかった。

「村の人がほとんど倒れています」

「どうやってここに?」

「犬人の漁師の方が起き上がれたので連れてきてもらいました」


 医院の待合室には、その漁師がいたので、診察と話を聞くことにした。


 診察結果は、異常な魔力はほとんどなかった。

「わしの子は元気で駆け回っています。そのせいでわしらが疑われて、シシルナ島に避難してきました」


「あなたの子供はどこに?」

「ここじゃ暴れちまうので、外を駆け回らせています」

 漁師に子供たちを連れて来させて診察した。


「どこも悪くない。注射は嫌だ!」

「大丈夫だよ。タオルを顔に載せるだけ。注射は、強いパパがするから見ててね」


「勘弁してくれ」

 半泣きの漁師に構わず、カノンは採血をした。

 結果から言うと魚師の親子は体調面で問題はなかった。彼らは犬人族だった。


 マルカスが、島庁に報告に訪れた時、島主にも、マルティリア島の異変についての情報が入っていた。それは、シシルナ島の漁師たちからだ。


 島主は、マルカスの報告を受けると、「救助要請」を依頼した。

「わかりました。姉さんに相談します」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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