勇敢なこどもたち
セラの家では、セラ親子とカノンが、商人ガブリエルから島を離れた人々の近況を聞いていた。
セイは共和国に到着すると、最も歴史ある新聞社「ヴェル・フィガロ」に雇われ、シシルナ島新聞の海外特派員として記事を届けている。
特集記事「随行員たちのその後。共和国生活」には、ガブリエルとセイが観光地を巡りながら対談する様子が記されていた。
別の記事「ネフェル聖女とアマリ聖妹、共和国都パリスを聖なる都に変える」では、広大な広場を埋め尽くす人々の熱狂と、アマリの活躍が描かれていた。今、アマリはネフェルと共に大陸中を飛び回っているらしい。
「アマリ、体が弱いから心配だわ」
「もちろん、ネフェルも一緒だし、日程にも余裕があるから、大丈夫さ」
ただ、歓迎会で食べ過ぎて少し太ってきたこと、そして求婚まがいの申し出が後を絶たないことが、最近の話題らしい。
「聖女の姉も一緒にいるから、どの国も必死なんだな」
ノルドが渋い顔をすると、皆が笑った。
「ああ、脇の甘い女は、ノルドの妻にはできないわね。第一婦人の私が認めないわ」
どこでそんな台詞を覚えたのか、妖精ビュアンが、ノルドにだけ聞こえる声で囁いた。
ヴァルは興味なさそうに、お土産が出るのを眠そうな目で待っている。
ローカンについても話があった。グラシアスは商売のついでだと言いつつ、わざわざ遠回りして彼のいる国を訪れたらしい。
「よく来てくれました。何もないところですが……」
国境の門を開けたローカンは、顔に疲れをにじませていた。数ヶ月で見違えるほど痩せたその姿を、グラシアスは「何度か脱皮したかのようだ」と語った。
「だから、ローカンには無理だって言ったのよ!」
グラシアスから礼状を受け取っていたカノンが、何度も真剣にそれを読み返していたが、顔を上げて面倒くさそうに言った。
「けどな、あいつ、村娘にはモテてたぞ」
「ふうん、興味ないわ。それより、早く出してよ」
「ああ、そうだった。カノンにプレゼントだ」
グラシアスが荷車から袋を開けると、土のついた野菜が山ほど出てきた。
「新鮮だよ!」
「これじゃないでしょ!」
カノンが不満そうに言うと、彼は愉快そうに笑いながら、収納魔法で小さな箱を取り出し、そっとカノンに渡した。
「ローカンから、みんなへのプレゼントだ」
カノンは両手でその箱を大事そうに抱える。
「ガブリエルからね。見せて!」
箱のリボンを解くと、中から音楽が流れる魔道具――響箱が現れた。操作方法はグラシアスしか知らず、彼が簡単に説明した。
「これ、高いんじゃないの?」
「さあね。パリスで今人気の魔道具さ。開いてごらん」
カノンが恐る恐る蓋を開けると、「風唄」と呼ばれる優しい旋律が部屋に広がった。
カノンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「私が……あの子に歌って聞かせた子守歌よ。覚えててくれたのね……」
ノルドもまた、セラに歌ってもらった子守歌を思い出し、しばし目を閉じた。
※
それからしばらくして、祝祭を待たずして、ニコラ・ヴァレンシアが亡くなった。
寒さが訪れる前の、穏やかな朝のことだった。島中の教会の鐘が鳴り響き、この島を育てた偉人の死を告げた。
リコは、ひょっこりとノルドを訪ねてセラの家に来ていた。セラはすでに葬儀の手伝いに出かけていた。
「ノルド、私ね、精一杯生きるってばぁばに約束したの。もちろん、できるだけ楽しくね」
ノルドがそっとリコの涙を拭った。
「うん。僕は母さんの病気を治す。そして、みんなを守るよ」
「ワオーン」
妖精ビュアンが静かに現れ、珍しくリコの肩にとまった。
「人間てのはね、弱くて、脆いものなの。だから、命ある限り、楽しく生きなさい」
彼女なりのエールなのだろう。
「そうだ。ばぁばを送る花を探しに来たんだ。何がいいかな?」
花ならニコラの花壇に多くある。けれどリコはそこから摘みたくないのだ。手向けに、自分の手で選びたいのだろう。
「ダイヤモンドリリーなんてどう? 森の岩場に咲いてるよ」
「それいいね。じゃあ、摘みに行こう!」
ヴァルが先導して進んでいく。心なしか、リコの歩みが遅い。
ノルドはそっとリコの手を握った。
「ダイヤモンドリリーの花言葉はね、『幸せな思い出』と『また、会う日まで』なんだ。他にもあるけどさ」
恥ずかしげに言ったその言葉に、ノルドの頬が赤く染まる。
「それは良いね。天国で、また会いたいな」
それほど時間もかからずに、花は山ほど集まり、台車に積まれた。
「ヴァルと運んでいくよ」
「それじゃあ、私もメグミを手伝いに戻るね!」
走り出したリコは、あっという間に見えなくなった。彼女もまた、数年後に島を離れるだろう。
※
「さて、行こうか。ビュアン、ヴァル」
ひとまわり大きくなったヴァルは、荷車を軽々と引っ張っていた。
「お菓子食べたい!」
「ワオーン!」
「じゃあ、この荷物を届けたら、帰りに買い物しようか」
夕日が沈み、宵闇が迫る。
だが、そのときこそ、牙狼の時。
彼らの姿も、やがて見えなくなった。
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