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別れの季節

「リコ、手伝って。食事にしましょう」


 アマリの声を合図に、従者たちも席に加わった。食卓は一気ににぎやかになる。笑い声が弾け、香ばしい香りが部屋に広がっていく。


 食事が終わると、セラが立ち上がった。抱えていたのは、美しい布で包まれた小箱。


「アマリ、これは契約の儀式のお礼に。……私からの、ささやかな贈り物よ」

 中身は、セラが手縫いで仕立てた冒険者装束だった。アマリ専用の、ただひとつの衣装。


 アマリは深く頷くと、セラの部屋へと向かっていく。

「お待たせしました。どうぞ、ご覧ください!」

 勢いよく、リコが声を張り上げた。司会進行のように胸を張る。皆の視線が一斉にアマリへと注がれた。


 現れた彼女は――

 頭からすっぽりとフードをかぶった、黒一色のローブ姿。全身を覆うそれは機能性に満ちていたが、まるで山岳修道士のように質素で、地味だった。

 ノルドがぽかんと口を開ける。


「……ノルド、完全に勘違いしてますね!」

 リコがいたずらっぽく目を細める。アマリと目が合うと、彼女は小さくため息をつき――

「もう、リコったら……」

 恥じらいと共に、ゆっくりとローブを脱いだ。

 その下から現れたのは、精緻を極めた礼装。


 ネフェルの祭礼衣装をさらに進化させた、光を帯びたドレスだった。

 グラシアスから仕入れた最高級の生地が、風のようにしなやかに揺れ、小さな魔石が織り込まれて、月光のような淡い輝きを放つ。刺繍は霊樹を象り、胸元から全身にかけて、魔力の流れを導くように描かれていた。

 誰かが、思わずつぶやいた。


「……なんて、美しいんだ……」

 それは、ただの服ではなかった。

 アマリの存在そのものを映す、祈りのような装束だった。


「そんなに魔力を出しては……」

 ノルドが眉をひそめる。

「大丈夫。むしろ……気持ちが軽くなるくらい」

 アマリは優しく微笑んだ。その笑みは、ほんのわずかに、安堵の色を宿していた。


 夜になり、アマリたちが帰ったあと。

 セラは静かに打ち明けた。


 ――アマリが抱える病について。

「彼女の体は、ずっと前から……膨大な魔力を生み出し続けているの。年々その量は増えて、自分の体に蓄積しすぎて……命を、蝕み始めていた」

 それを抑えるため、サルサの“秘術”が使われていた。


「彼女は……サルサ様のサナトリウムで、余分な魔力を吸い取ってもらっていたの。吸血鬼の力でね」

 けれど最近、アマリは少しずつ自力で魔力を外に流せるようになってきた。そう、本人は話していた。


 そこへ、ふわりと風が舞うように、ビュアンが現れる。

「アマリの魔力はね――まるで巨大なエルフツリーみたい。優しい光と香気を放って、魔物を遠ざけ、精霊を惹きつける」

 その言葉に、ノルドはしばらく黙り込んだあと、何かを思い出したようにポンと手を打った。


「そうだ、ビュアン。君にも贈り物があるんだ。……妖精様には必要ないかもしれないけど、僕とおそろいのリュックだよ!」

「ふふ……収納魔法があるから不要だけど――嬉しいわ。ノルドの気持ち、ちゃんと届いたから」

 そう言って、ビュアンは小さなリュックを背に背負ってみせた。いつもの無表情の奥で、ほんのりと頬が赤らむ。


「――あら、ノルドに先を越されたわね」

 そう言ったのはセラだった。奥の部屋から運んできたのは、小さなドレス。

 それはアマリとおそろいの儀礼衣装。水精の色を宿した布に、宝石のような魔石がきらめいている。

「わぁ、パーティドレスだぁ! いいなぁ、ビュアン様着てみて!」


 リコが尻尾を揺らしながら、興奮気味に言う。――おそらく、少し自分も欲しいのだろう。

「人間の服なんて着たら……お父様に怒られちゃうかも」

 ためらうビュアンに、ノルドは静かに言葉を重ねた。


「これは……母さんが心を込めて作った服なんだ。大切な気持ちがこもってる。……精霊王様には、僕がちゃんと話すよ。だから、まずは――一度、着てみてくれないかな」

 その言葉を、ビュアンはずっと待っていたのかもしれない。


「……まったく。ノルドったら」

 ふっと肩をすくめながら、そっと手を伸ばした。


 そして、冬の祝祭を前に、アマリは予定より早くシシルナ島を離れることになった。


 迎えに来るはずだったネフェルは、夏祭りの伝聞が広まり、各国から要請を受けて飛び回っているらしい。今は対岸の大陸で式典を終え、アマリの到着を待っているという。


「姉さんも、ノルドに会いたがっていたわ」

「うん、僕たちがいつか、聖王国に行くよ。約束する」


「――きっとだよ」

 アマリはノルドの手を、ぎゅっと握った。

 ただそれだけのことで、胸の奥がぽうっと温かくなる。

 甘く、淡く漂う魔力の香り。アマリの体温が、確かにそこにあった。

 けれど、それも束の間。


「……そろそろ、乗船のお時間です」

 見かねた執事が、遠慮がちに声をかけた。

「はい。じゃあね、ノルド」

 何度も繰り返した別れの言葉を、もう一度。けれど今度のそれは、ほんの少し、大人びていた。


 彼女は振り返らずに歩き出す。

 タラップをのぼり、風に揺れる聖王国旗を背に、白い船に乗り込んだ。

 やがて、港に残された風景の中で――

 アマリの香りだけが、静かに残っていた。

 そして、冬の風が吹き始めた。




 別れの季節が、ほんとうに、始まったのだ。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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