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讃美歌と聖女の話


 観客たちは次々と立ち上がり、視線を舞台に向ける。

 アマリが、両手を天に差し伸べる。そして、唇を開いた。


 それは、島に古くから伝わる祈りの唄。

 最初はかすかだったその声が、子供たち、リコ、ノルドの声と重なっていき、やがて広場全体に広がる。


 空には星が瞬いていた。その中に、ひとつだけ不規則に動く光がある。精霊の子供――舞い降りた小さな光が、アマリの頭上を円を描いて回る。それに気づいた観客が、ざわめきをあげる。


「おい、あれは虫じゃないぞ! 何なんだ、あの光は?」

「あれは精霊の子だよ。エルフツリーで見かけるやつだ」


 冒険者の一人が、周囲に向けてささやく。

 唄が進むにつれ、精霊たちの数が増えていく。まるで、かつて妖精王の神殿で見た光景の再来。しかし今回は、それを凌駕する光の波が天を覆い尽くす。


「尋常な数じゃない……。この島中の精霊が、集まっているのか?」

 観客たちは見上げる。無数の妖精たちが、唄に呼応して天を舞い、その羽の輝きが星空に重なって、広場全体を祝福の光で包んでいた。

 二番が終わっても、唄は止まらない。 


 旅立つ君よ、風を受けて

 遥かな空へ羽ばたけよ

 永遠に宿る 母のまなざし

 君の帰りを 島で待とう


 それは、前日のチャリティでも披露された歌詞。リコが、子供たちと共に考えた。

 この島が母であるならば、彼らの歌は、旅立つすべての子への祈りだ。


 風の島よ、精霊の島よ

 永遠に揺るがぬ 母の地よ

 君が歩んだ 遠き日々にも

 変わらぬ祈り ここにある


 母の祈りは、時を越え、風に乗り、いつか君を包む――。

 歌が終わったその瞬間。


 夜空を埋め尽くしていた光が、まるで拍手の代わりを務めるように、一斉に消えた。

 アマリたちは深々と礼をし、舞台から降りる。

 すると次の瞬間、静寂を破るようにして、絶え間ない拍手が広場にこだました。


「ああ、緊張した……」

 舞台袖で、アマリがしゃがみ込む。立っているのもやっとの様子だ。

 そこに、ネフェルが近づき、力強く抱きしめた。


「よくやったわね! 自慢の妹よ!」

「はい……姐さんに恥をかかせないように、頑張りました」

「ありがとう。じゃあ、お姉ちゃんの凄いところ――観ててね」


 いつも飄々としているネフェルが、今回は違った。目に灯るのは、真剣な光。声も低く、凛としている。


「あ、いけない、いけない。忘れ物」

 ふっといつもの調子に戻り、ネフェルは傍らの袋を手に取ると、軽やかに舞台へ上がっていった。



 聖女の登場を待っていた観客から、大歓声があがる。

 舞台慣れ、いや天性の落ち着きを持つ彼女は、観客席に目をやる。「見つけた!」セイとグラシアスの間にいる女性を。


 ネフェルは、観客に語り始めた。

「今晩は。お招き頂きありがとう。私は、ネフェル。ところで、さっきの讃美歌はどうだった?」

 観客は、遠慮しながらも声を出す。


「最高だった!」

「素晴らしかった!」

「一生の思い出だ!」

 ネフェルは聞こえてくる声に、いちいち頷きながらも、満足げだ。


「そう。良かったわ。それじゃあ、これからも歌い継いで行ってね。それと、今回私のシシルナ島訪問に、同行してくれた随行員を紹介するわ」


 彼女が手招きして、随行員が全員舞台に上がった。実は、政治的な配慮で予め決まっていたことだ。


「せっかくだし、一人ずつ挨拶をしてもらうわ。そうね、この島の良いところも一言お願いね」ネフェルは、悪戯が成功した子供のように笑った。


 年長者から名前と所属、それとシシルナ島のことについて一人づつ話していく。元々、優秀で場慣れしている者達だ。グラシナスの考えた島内旅行のおかげもあり、詰まることもなく、堂々と挨拶をこなしていく。


 最後、最年少のガブリエルの番になった。

「共和国からまいりましたガブリエルです。この島についての感想ですが……」


 カノンは、最前席。セラの横で、彼の顔を間近で見ている。両手で祈るように。ガブリエルの顔が、カノンに向いた。


「この島は、母なる島です。いつかまた、必ず、立派になって戻ってきます。それまでみなさんもお元気で」深く礼をした。ガブリエルは涙を流していた。


「今回の随行にあたり、私よりシシルナ島で作ったクロスを皆さんに贈呈します」


 そして、一人ずつ。ネフェルが、随行員の首にかけていく。高級な装飾が施されたクロスである。それは、元々グラシアスが手配していたものだ。


 最後に、ガブリエル。彼にだけは、形が歪な、宝石の代わりに、シシルナ島の天然の鉱石が散りばめられていたクロスだった。


「大切にするように、取り扱うように」ネフェルが告げる。

「はい、一生大切に致します」


 それは、カノンの手作りのクロス。マルカスとセラに教えられて、ノルドの秘密基地に籠り一生懸命作ったものだった。


「この渡し方が一番だからね。誰にも文句は言えないわ。だって、聖女様の手から授けられてものだもんね」セラが、カノンに言った。

 カノンの涙は止まることが無かった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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