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古びた神社

作者: 雉白書屋

 これは、わたしが昔住んでいた町で起きた、ある事件のお話です。

 その町には、誰も手入れをしている様子がない、ボロボロの小さな神社がありました。普段は誰も見向きもしないその神社ですが、あるとき、わたしの通う小学校でこんな噂が広まったのです。


『あの神社に入れたものは、翌朝には消えてしまう』


 いらないものや、なくなってほしいものを神社に入れておくと、この世から綺麗さっぱり消えてしまうというのです。

 クラスの男子が試しにテストの答案用紙を入れたらしく、「消えた! 本当に消えた!」とはしゃいでいました。わたしは『そんなことあるわけないのに、馬鹿だなあ』と思っていましたが、その噂は心の片隅にくすぶり続けていました。

 ある晩、お母さんがお風呂に入っている間に、わたしは懐中電灯を持ち、そっと家を抜け出してその神社に向かいました。

 神社は丘の上に広がる住宅街の横道を進んだ奥、林の中にあります。雑草が生い茂り、木や竹に囲まれたその場所は夜になると一層暗く、月明かりもほとんど届いていませんでした。林の入り口に立って、奥を見つめていると寒気がして引き返そうかとも思いましたが、懐中電灯を点けて勇気を振り絞り、足を前に進めました。

 風と木々のざわめき以外、何も聞こえず、静謐を強制するかのような緊張感が漂う中、歩いていると、暗がりの中にぼんやりと小さな鳥居が見えてきました。そして、塗装が剥げたその鳥居のすぐ先に、その神社はありました。物置よりも少し小さいくらいの大きさで、木の色はくすみ、腐ってボロボロになっていました。扉には留め金がついていましたが、掛かっておらず、全体的にだらしない印象を受けました。

 わたしはおそるおそる手を伸ばし、取っ手を掴んで扉を開けました。

 子供が膝を抱えて入れるくらいの空間に、紙くずやぬいぐるみ、本、乾電池、スプレー缶、折り紙の鶴、バッテリーのようなものなどが雑然と置かれていました。埃っぽくて、顔を近づけた瞬間に無意識に息を止めてしまったほどですが、不思議なことに物自体はあまり汚れていませんでした。きっと、誰かが今日のうちに置いたのでしょう。わたしは自分だけじゃないんだと思い、少し安心しました。

 わたしは家から持ってきたものを中に入れて、そっと扉を閉じました。それから『お願いします、神様……』と、手を合わせてお祈りをすると、家に向かって歩き出しました。

 そして翌日の放課後、再び神社に行き、中を確認したわたしは驚きました。中にあったものが、すべて消えていたのです。

 わたしは明るい気持ちで家に帰りました。でも……。


「ねえねえ、知ってる?」


「ん? なーに」


「丘にある神社がさあ……」


 ある夜、リビングでお母さんが神社の話をし始めたとき、わたしはびっくりしてソファーからずり落ちそうになりました。

 どうやら噂は大人たちにまで広まっていたようです。


「土地開発っていうのかしら? どんどん新しく家を建ててるのに、ああいうボロボロの神社だけは残しているのが不思議だったのよね。もしかして、本物の神様がいるのかしら」


「さあ、どうなんだろうね……」


「あの神社に入れたもの、どこに消えちゃうのかしらね。不思議よねえ……ねえ、そう思うでしょ?」


 お母さんは話を振った割に、神社の力を信じておらず、それよりも、わたしが何か置いてきたのではないかと疑っているようでした。

 わたしは気が気じゃありませんでした。その夜、仕事から帰ってきたお父さんとお母さんがリビングで話をしているとき、部屋のドアを少し開けて聞き耳を立てていると、もう怖くて体が震えました。


 ――あの子、もしかして……。

 ――そうか……。


 わたしはベッドの中で必死に神様にお祈りしました。

 お願いします、神様。どうか、わたしの秘密が誰にもバレませんように……。

 でも、神様なんていなかったのです。少なくとも、あの神社には。


 翌朝――。


「お母さん、おはよー……」


「あっ、おはよう。夜中に起きなかった?」


「え、普通に寝てたけど……」


「なんだ、そうなの。お母さんなんて上着を羽織って家の外まで出ちゃったわよ」


「え? なんで?」


「サイレンの音よ、サイレン! 消防車の! 気づかなかったの? よく眠ってたのねえ」


「え、消防車? 火事でもあったの?」


「もうすごかったんだから、ほら、あなたも知っているでしょ? あの有名な――」


「え、神社!?」


「違う違う、ゴミ屋敷! あそこがもう大火事で、いやー、放火だったら怖いわよねえ」


「あ、へー、そうなんだ。かわいそうだね」


「そうそう、まあ、あまり同情はできないけどね、なんてね」


「え? なんで?」


「だって……そこに住んでいる人、ゴミ収集所から勝手にゴミ袋を持っていったりしていたのよ。他にも悪いことしてたみたいだしね。万引きとか賽銭泥棒とか、はーあ、持ち家かどうか知らないけど、逮捕されたときに家丸ごと押収されていればよかったのにねえ」


 神社……泥棒……。


 わたしはその話を聞いた瞬間、ある考えが頭に浮かびました。もしかしたら、あの神社に入れたものは、その人が回収していたのではないか。そして、そのことを知った誰かが、秘密を完全にこの世から消し去ろうとして火を放ったのでは、と。


「それはそうと、あなたねえ……きたのならお母さんにすぐ相談しなさいよね」


「え、きたって?」


「初潮よ。パンツ一枚捨てたでしょ。思ってたよりもだいぶ早いけど、まあ、気にしなくていいんだからね」


「あ……」


秘密は燃やしても消えないんだなと、そのときわたしは悟りました。

 わたしはそれからたまにあの神社に行き、扉を開けて中を見ましたが、あの日以降、誰かが入れたであろう折り紙の手裏剣やくしゃくしゃに丸まったアルミホイルがいくつかあるだけで、消えもせず、増えもせず、誰も立ち寄らなくなったようでした。

 あそこは、ただの廃れた神社だったのでしょう。管理する人もおらず、潰して更地にするわけにもいかず、宙ぶらりんの状態で何十年もそのままで……。


 だから今夜、わたしは久しぶりにこの神社を訪れたのです。


 ああ、神様……なんて祈らなくても、大丈夫。今ここに埋めた秘密はきっと誰にも知られない。少なくとも、あの小さな手が骨になるまでは……。

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