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第七夜 滅びの魔人

『滅びの魔人』…

それは、最近になってこの地方に現れるようになった、謎の存在。

その姿をはっきりと見た者はおらず、その目的も定かではない。

しかし、奴が訪れた町の住人は、一人残らず殺される。

そして、誰もいないゴーストタウンのようになってしまうという。




…なんて話を、行きつけの酒場のマスターから聞いた。

バカバカしい、と思ったが、同時に、あり得なくもないかな、と思った。

なんせ、こんな世の中だ。

無差別に人を殺しまくる化け物がいたとしても、なんら不思議はない。


僕は注がれた酒を飲み干し、店を後にした。


僕は、この田舎の町で暮らす、貧乏な若者だ。

親父は2年前に流行り病で死んだ。

母さんは、去年借金取りから逃げるために家を出たっきり、行方不明だ。


僕は日雇いの仕事をしながら、なんとか毎日食いつないでいる。

正直、キツいとかは感じない。

ただひたすら、毎日をコツコツと生きていくだけだ。


余計な事を考えると、ロクな事にならない。

故に、僕は感情を消し去った。

機械のように、淡々と同じような毎日を送る。

ただ、それだけだ。




家に帰ってくると、ポストに手紙が入っていた。

それは、弟からの手紙だった。


弟は、ここから140キロも離れた城下町に住んでいる。

婚約者もできて、幸せな日々を送っている。


僕は、手紙を広げて秒で破り捨てた。

幸せそうな弟と婚約者の写り込んだ写真が、一緒に入っていたからだ。


弟は、昔から何かと卑怯でいやらしい奴で、真面目な僕とは対照的だった。

故に、子供の頃は喧嘩ばかりしていた。


そんなあいつが変わったのは、2年前。

親父が死んですぐ後のことだ。


あいつは、僕の恋人を奪った。

僕が仕事でいない間に何回も会って、仲良くなっていたのだ。

そして僕が気付いた頃には、もはや彼女は完全にあいつの物になっていた。


僕は、捨てられた。

初めて愛した女性に。


僕は、捨てられた。

実の弟と、実の母に。


最初は、まだなんとかやっていけるだろうと思っていた。

だが、去年の冬、母が突然姿を消した。

テーブルに置かれていた置き手紙を読んだ限り、相当な額の借金を作っていたそうだ。

そして、まだ若い僕に迷惑をかけたくない、という事で一人で出ていくことにしたらしい。


そうして、もとより日雇い労働者だった僕はたちまち生活に困ることになった。

一日に一回しか、まともな食事が出来ない時もあった。

服も、ボロボロになっても買えなかった。


それでも、僕はよかった。

仕事場があり、家がある。

それだけで、十分だからだ。




翌日の仕事は半日で終わった。

僕はどういう訳か仕事が続かず、職を転々としている。

それも、日雇いのものばかり。


でも、別にいいのだ。

僕は、どうせ一人。

自分だけが生きていければ、それでいい。



町の教会が、なんだか賑やかだった。

それを見て、そう言えば今日は結婚式があるんだったな…と思い出した。


花婿は、昔の僕の友人。

招待状はもちろん来たけど、返事は出さなかった。

こんな身なりの男が、あんな華やかな場所に座る資格はないからだ。


気づかれないよう、遠目に友人の姿を見た。

奴は、立派な服を着て、満面の笑みを浮かべて、きれいな花嫁と手を繋いでいた。



なんだろう。

別に羨ましくはないけど、複雑な気分だ。

憎らしいような、悲しいような。


僕だって、結婚はしたい。

でも、こんな生活ではできる見込みはない。

かといって、生活を大きく変えられる希望もない。


そもそも、僕の生活は日に日に貧しくなっている。

今日の仕事だって、今までのような全日の仕事ではなく、半日の仕事だった。

当然、稼ぎは半分以下だ。


しかも、今日は明日の仕事先を見つけられなかった。

つまり、明日から収入ゼロだ。

どうしたものだろうか。




夜、計算して答えを出した。

なけなしの金は、もう明日にはなくなる。

その後は、無職として生きていくしかない。


無職?

仮にそうなったとして、その後どうする?

のたれ死ぬか?

はたまた、盗賊になるか?


いや、僕はどっちも嫌だ。

のたれ死ぬなんて、そんな惨めな最期は絶対に嫌だし、盗賊なんかにもなりたくない。


では、どうする?




必死に考えていた時、ふと昨日聞いた話を思い出した。

「滅びの魔人」…


僕は、いてもおかしくはないと思う。

でも、同時にいないような気もする。


そんなものが実在するなら、このあたりの複数の町から人が消えているはずだ。

でも、そのような話は聞かない。


ということは、やはりそんなものは存在しない。

きっとそうだ、そうに違いない。




…ふと思った。

そうか、滅びの魔人は「今は」存在しない。

行く先の町の人を皆殺しにするような怪物は、存在しない。


ならば、僕がなればいい。

そう、全ての人に、死と恐怖を与える存在に…



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