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ある日の一幕

case11 ある昼下がりの一幕

作者: 行き止まり

GW最後のお蔵出し


「は?」


 とある休日。

 

 元々は出かけるつもりだったのだが、一緒に出掛ける予定だった人とここ数日連絡がつかなかったので、諦めて予定がお流れとなり、ぽっかりと予定の空いた、そんな休日の昼過ぎ。

 家事を一通り済ませ、暇を持て余して溜まっていた録画でも片付けるかと思っていた矢先に、友人の穂乃果から送られてきた一通のメッセージ。


【ねぇ、由紀子っていつの間に司君と別れたの?】


 その文面に、思わず声を上げる。

 

【いや、別れてないし。なんでそんな話になるの?】


 返信すると直ぐに既読がつく。

 待つこと暫し。

 

【え? だってウチの旦那に司君から結婚式の招待状が来てたけど、相手は由紀子じゃなかったよ?】


「は? いやいや……」


【変な冗談はやめてよ~】


 呟きながら、困り顔のスタンプと共に返信。

 

【冗談じゃないって、ほらこれ】


 少しの間の後、メッセージと共に送られてきたのは、結婚式の招待状の写真。

 拡大して見れば、新郎のところに『木村 司(きむら つかさ)』と、私の恋人の名前がある。

 しかし、新婦のところには私の知らない女性の名前が書かれていた。

 

【同姓同名の別人じゃないの? 手の込んだ悪戯とか……】


【いやいや、ウチの旦那の知り合いの司君は一人しか居ないはずだよ? 旦那にも確認したし】


 メッセージが送られてくる度に頭が混乱する。

 

 

 

『木村 司』

 それは、遠距離中の私の恋人の名前。のはずだ。

 付き合い始めたのは大学の頃だから、もう七年位になるか。

 

 就職してすぐ会社の都合で新幹線の距離に転勤して、もうすぐ五年になる。

 五年で帰って来れるのと、お務めを果たせば将来の幹部候補として迎えられるらしく、彼は不承不承ながら旅立っていった。

 

『帰ってきたらご両親に挨拶に行こうか』


 そう言い残して。

 

 それから二年位は、お互いまめに行き来していたと思う。

 三年目に入る頃から、お互いに忙しくなって行き来する事は殆ど無くなり、四年も過ぎればメーッセージのやり取りすらまばらになっていた。

 

 それでも、もうすぐ五年。

 彼が帰ってくるのを心待ちにしていたところにこの話題である。

 

「どういうことなの……」


 呆然と呟きながら、司とのメッセージの履歴を見直す。

 

「あれ?」


 忙しさにかまけて気付かなかったが、最後にメッセージのやり取りをしたのは去年のGW。

 彼から会えないかと打診が来ているが、先約のあった私はそれを断っている。

 それから一年近く、彼とのやり取りは無い。

 

 忙しくて彼とのやり取りが疎かになったのは申し訳ないが、それは彼とて同じだろう。

 何もメッセージは私起点でなければならないなどという決まりは無いのだし、彼からメッセージを送ってくれれば私だって返信したはずだ。

 それなのに……。

 

「とりあえず確認しなきゃ」


 そう呟いて、彼の電話番号をタップする。

 

「もしもし?」


 三回程コールした後、彼の声がスピーカー越しに響く。

 随分と久しぶりに聞いた彼の声は、どこか訝しげだった。

 

「あ、あの……私、だけど……」


 さっきの話のせいもあるのだろう。

 恋人にかけている電話なのに、何故かとても緊張して上手く声が出せない。

 

「すいません。私という方に知り合いは居ないのですが、どちらさまですか?」


「ふざけてるの? 彼女の声も忘れた? 私よ、由紀子よ」


 彼の言葉に腹が立つ。

 彼女の電話番号なんだから着信時に表示されるだろうに質の悪い冗談だ。

 

「ああ、岡崎さんか。知らない番号だったからつい警戒しちゃってさ。それで? 急に電話とか何か用?」


『岡崎さん』と、私を名字で呼ぶ彼の声に違和感を覚える。

 凡そ久しぶりに恋人と会話するトーンではない平坦な声。

 何より、彼は私の事を『由紀子』と名前で呼んでいたはずだ。

 

 だが、今はそんな事より。

 

「その……司が結婚するって聞いたんだけど?」


「ん? ああ、こっちに来て三年目位かな、色々あって落ち込んでる時に構って貰ってね。すっかり絆されちゃってさ、去年のGW明け位にプロポーズして、親しい友人には招待状を送らせてもらってるよ。岡崎さんとはそこまで親しくなかったから招待してなかったけど、今からでも送ろうか?」


 聞いていない事まで語る彼の言葉はとても流暢で、まるで台本でも用意しているかのように整然としていた。

 

『三年目位』


『去年のGW』


 その符号に、何故か胸がざわつく。

 

「どういう事? 帰ってきたら私と結婚するって言ってたじゃない。恋人がいるのに他の人と結婚するなんて、浮気してたって事?」


 嫌な予感はある。が、それとこれとは話が別なはずだ。

 

「恋人? 誰と誰が?」


「は?」


 続く彼の言葉に、私が言葉を失う。

 

「誰って……私と司でしょ? 惚けないで! 結婚の約束までしてたじゃない!」


 少しの沈黙、スピーカー越しに聞こえてくる司の息遣いが、何故か私を嘲笑しているように聞こえた。


「ならさ、これはどういう事なんだろうね」

 

 司の言葉の後に、メッセージを受信した着信音が響く。

 

「え……? 何……言って……」


 そう言いながら、ハンズフリーに切り替えて受信したメッセージを確認する。

 そのメッセージに言葉は無く、ただ一枚の写真が添付されていた。


「こ、これ……」


「俺と岡崎さんが結婚の約束までしてる恋人同士だとしたら、これは一体どういう事なんだろうね」


 司の声が酷く遠く聞こえる。

 その写真には、司ではない男と腕を組んで、ラブホテルから出てくる私の姿が写っていた。

 

「あ、あのっ! これは違くて! その、あのね!?」


 それでも、何か言わなければと声をあげるが、それは意味を成さない、言葉の羅列ですら無かった。

 

「ああ、『ホテルは行ったけど何もしてない』とか、『この時一回だけ』とか『魔が差した』とか、そういうのはいらないからね」


 そう言った彼の言葉の後に、続けてまた着信音。


「あ、ああ……」


 一通、また一通と届くメッセージにはどれも言葉は無く、ただ写真が添付されていた。

 

「これは極めて個人的な価値観ではあるけれど、俺は恋人や配偶者が、自分以外の人間と肉体的接触を持つ事に極めて強い不快感を抱くし、とても許容出来ない人間だと、付き合っていた時にその事を伝えても居たはずだね」


 過去へ遡る様に写真が送られてくる。

 最後に送られてきた写真は、関係が始まってから程ないと思われるものまで有った。

 

「だから、岡崎さんが俺以外の人間に体を許した時点で、岡崎さんは俺との関係を破棄したと結論付けた訳だけど、何か間違ってるかな?」


「こ、これ……なんで……」


「この写真、延いては情報の出所を問う事に何か意味があるのかな? 重要なのは、この写真が撮られた時、岡崎さんが何をしていたのかという点だよね。まぁ、岡崎さんが思っているよりも世間は狭かったってだけの話だよ」


 知られていた……。それもかなり前から。

 何処から? 誰から彼はこの事を知った?

 いや、今はそれよりも……。

 

「あ、あのね? これはあそ ――」


「『遊びだった』『本気じゃない』『貴方が一番』あとは……『好きなのは貴方だけ』辺りかな? そう言うのはいらない。時間の無駄だからさ」


 言いかけた言葉は彼の言葉に遮られ、口にしようとして言葉は全て切り捨てられる。

 

「まぁ、『遊びで他人とセックスするのか』とか、『好きでも無い人間とセックス出来るんだ』とか、それらしい言い返し方もあるんだけど、正直そんなのはただの言葉遊びなので大した意味は無いよね」


 私と違って、相変わらず彼の言葉には淀みがない。

 台本を読んでいるようと思ったが、もしかしたら本当に台本を用意しているか、入念に回答を準備したうえでのやり取りなのかもしれない。

 少なくとも、彼にはそれが出来る時間があったのだから。

 

「結局のところ、論点は岡崎さんが俺以外の人間と肉体関係を持ったか否か、それだけだね。俺の考えは前に伝えてあるし、そのうえで俺以外の人間と肉体関係を持ったというのであれば、それは岡崎さん自身が俺との関係を破棄するという意思の表れに他ならないと思うのだけれど、どうだろう?」


「あ、あの……」


「まぁ、本当に魔が差しただけ。とか、止むを得ない事情なんかがあれば多少考慮の余地はあったかもしれなかったけれど、そう言った訳でも無さそうだったし、なにより岡崎さん自身がそれを受け入れているみたいだからね。普通、恋人から一年近くも連絡がなかったら気になるものでしょ?」


 そうだ、彼から連絡が無い事を、単に忙しいのだろうとか、その程度に考えて日々は過ぎ、気付けば過ぎた日々は一年に届こうかとしていた。

 そして、言われるまでその事になんの疑問も抱いていなかった。


「し、知ってたのならなんで……」


「ん? なんで何も言わなかったかって? 良い大人が自分で出した結論に、一々文句言うのも無粋かと思ってさ。そもそも、どうあったって結論は変わらないんだし、時間と労力の無駄でしょ?」


 ふと、紡がれる彼の言葉に、感情が籠っていない事に気付く。

 淡々と、ただ事務的に、業務連絡か何かのように事実と決定事項だけが積み上げられていく。

 それで理解してしまう。

 

 この人は、私になんの感情も抱いていないという事に。

 

「まぁ、それでも最後に確認だけはしておいた方が良いかなと思ったのが去年のGWだね。結果は岡崎さんが一番よく知ってるんじゃない?」


 自然と、指がスマホの画面を滑り、一枚の写真を表示させる。

 

「それじゃ、そういう事だから、岡崎さんもそっちで頑張ってね。まぁ、お相手の彼も色々大変かもしれないけど」


「えっ!? 待って、それ ――」


 私の言葉を最後まで聞く事無く通話は切られ、それを伝える電子音が幾度か流れた後、スマホの画面が通話終了を告げる。

 

 慌ててかけなおすも彼が電話に出てくれる事は無く、幾度かかけなおした後は、無機質なアナウンスが流れるだけとなっていいた。

 送ったメッセージに既読が付く事も無く、私は彼から切り捨てられた事を理解した。

 

 いや、彼の言っていた通り、切り捨てたのは私の方だったのだろう。

 私は、私の意思で彼を切り捨てる選択をしながら、それを自覚せずに今日まで過ごしてきたのだ。

 

「はは……は……」


 一人きりの部屋の中、日はまだ高く、かつて彼と繋がっていたスマホを眺めながら、ただ力なく笑いが漏れた。

 

 

 

 §

 

 

 

 私の部屋に、彼の家に置いていた荷物が元払いで配送されるのと、弁護士事務所の名前の入った封筒が、内容証明で届くのは、それから少ししてからだった。

■人物紹介

岡崎 由紀子:御愁傷様

木村 司:理系気取りの陰険屋。なお、仕事でプレゼンする時は、事前に会議室貸切って一人でイメトレしてる模様。


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挑戦可能回数2倍は、ガチ勢には良いのだろうけれど、日課が終わらなくてエンジョイ勢にはしんどい……。

馬鹿正直に全部消費する必要も無いのだけれど、なんとなく……ね?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゆきちゃん不倫しとったんけ?
[一言] 最後の爆弾で綺麗にまとまった! good job!
[一言] 二股ですらなく、不倫かーい。 欄外にある木村氏の紹介文が、まるで加害者側のソレ(白目)。
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