宿存
蝉時雨を浴びながら俺は一歩一歩踏みしめるように石の階段を上がっていく。
山滴る道なれども茹だるような暑さは防ぎようがなく、シャツは汗が染み込みじっとりとして不快だった。
「先はまだまだだよ。頑張れ頑張れー」
眞白が隣で囃し立てる。
俺の幼馴染みは真面目に詰め襟を上まで留めていて、それにも拘らず涼やかな表情をしていた。眞白が指差すのにつられて長い石段の先を見上げる。だいぶ登ったと思ったがまだまだ中腹にも差し掛かっていなかった。
地元の人だろうか、いかにも散歩中という風体のお爺さんが上からゆっくりと降りてくる。視線が合い反射的に会釈をした。
「若い人が珍しいねえ。お参りに来たのかい?」
気の良さそうな人だった。顔見知りと世間話をするように泰然と話しかけられる。
「ええ。はいまあ」
「ここって年頃の人らはよく来るんだけれども子供が来るのは珍しいねえ。神社回るの好きなのかい?」
「……いえ、ここのご利益を聞きまして」
「あらまあ、縁切りの?」
意外そうな表情をするお爺さんに、俺はコクリとだけ頷いた。
「へえそうなの。まあ、あまり聞き入るのも野暮ってものかな。まだまだ先は長いけれども頑張りなさいね」
「はい。ありがとうございます」
再び会釈をしてお爺さんと別れる。俺は息を整え再び頂上へと段差を踏みしめていく。
「チジョウノモツレとか想像されちゃったかな? お前真面目そうだから意外だったかもね」
後を振り向き振り向き、眞白が茶化すように話しかけてくる。うるせえ。お前のために参っているんだろうが。
「え、ヒドい。縁切りたいの僕なのかよ」
眞白が唇を尖らせる。違う。違うけれどもそうなんだよ。
「なんだよー。僕はお前と別れたくなんかないからな」
俺も、別れたくなんかなかったよ。上がる息と高鳴る鼓動に高揚し思わず叫びだしたくなる。目に入る眞白の顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。俺はそれに構うことなく頂上へと足を運び続ける。
大きな風が吹いたのか頭上で木々がざわざわと揺れ始めた。雨音のようなそれを浴びながら俺は石段の最上階へと足をかける。
「縁切りたい相手と一緒に参拝って、なんかおかしいね」
しんみりとした空気を払うように眞白がつぶやいた。
目的の神社は、古くはあったがそれほど大きくもなかった。社務所らしきところもなく石畳を敷いた参道は拝殿へと真っ直ぐに続いている。
「ずっと一緒でも良いじゃない。僕、お前の傍に居られるならお前が誰と付き合ってもくっついても文句言わないから」
すがるような言葉だったが、口調はどこか諦めを含んだように投げやりだった。眞白の声を先導するように俺は参道を進んでいく。
参拝の礼儀はうろ覚えだった。賽銭箱へ小銭を入れると俺は大きく柏手を打った。
『こいつを――眞白のことをよろしく頼みます』
長い時間祈り続け、ようやく俺は目を開ける。風が吹く方へ視線をやると寂しそうな眞白の姿が目に入った。もう声は届かなかない。
「じゃあな」
別れの挨拶を告げると、一人帰路へと足を踏み出した。ひぐらしの声に攫われるように、眞白の姿は静かに消えていった。