管理人の資格
「……」
目を開けると、メリーアンは暗闇の中にいた。立っているのかも、落ちているのかも分からない。そこは光が一切ない、漆黒の空間だった。
(夜よりも暗い……そうか、夜は星が輝くから、完全な闇にはならないのね)
ただ、恐怖はなかった。包み込まれるような、優しい闇だ。
(眠い……)
メリーアンは目を瞑った。死は思っていたよりも、安らかだった。痛みも苦しみもない。ただ眠るように、意識が遠くなっていく。
「……さん」
ふと、耳に聞き覚えのある柔らかい声が聞こえてくる。
メリーアンが目を開けると、ぽう、と暗闇の中に美しい光が宿った。
まるで、月から光の雫がこぼれ落ちたような、そんな澄んだ光だ。その光に照らされて、暗闇の中に地面が見えた。メリーアンは今、雑草の生える地面の上に立っていた。
「おねいさん」
もう一度名前を呼ばれる。
目を凝らせば、光は小さな少女が持つ、ランタンから発せられているようだった。
ルーナ=ルルエット=ルー。
月の光の妖精。
満月の夜、幻想の湖に反射した月光から生まれた。
彼女の生み出す光は、どんな暗闇でも絶えることなく輝き続ける。
メリーアンの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。
(……たとえ死の闇の中にいようと、その光は私を照らしてくれるのね)
メリーアンは、少女に声をかけた。
「……ルルル」
「おねいさん、眠ってはいけません。あなたにはまだ、やらなければいけないことが残っています」
「……」
「こっちです。クイーンが待っています」
「!」
ルルルが手招きをする。メリーアンは光に吸い寄せられるように、ルルルの元へ歩いていく。
「大丈夫。ルルルが最後まで案内します。光は、道標なのです」
ルルルはそう言って微笑んだ。
*
ルルルに案内されて歩いているうちに、メリーアンはあたりの景色が見覚えのあるものに変わっていくことに気づいた。生い茂った草木をかき分けて進むうち、先に眩しい光が見えてくる。
「ここからは、ルルルの光は必要ないですね」
「……ここって」
あたたかい光が草原を照らしている。柔らかな風が、メリーアンの頬を撫でた。
「妖精の展示室の中……?」
そこは、いつも真夜中にメリーアンが訪れていた、妖精たちが住む世界だった。
メリーアンは湖のそばにいることが多かったのだが、ここはメリーアンが最初にフェアリークイーンと出会った場所だ。草原には見上げるほどに高い、朽ちた建造物や、何に使うか分からない壊れた機械が転がっている。
(そうだ……初めて来た時、滅びた文明を見てるみたいって、思ったっけ)
メリーアンが当たりを見回していると、ルルルが草原の向こうを指さして、言った。
「クイーンの場所はわかりますね?」
「うん。大丈夫よ。案内してくれて、本当にありがとう」
メリーアンは崩れたドーム状の建物を見て、頷いた。あの廃墟の中に、クイーンは座しているはずだ。
「ルルルはここで待っています」
「わかった。最後の仕事、頑張ってくるわ」
そう言うと、ルルルはこくりと頷いて言った。
「また会いましょう」
*
雨後の雲から光が伸びるように、壊れた天井から光が降り注いでいた。その光に照らされて、蔦の絡まる壊れた玉座の上で、フェアリークイーンが大きな欠伸をしていた。やってきたメリーアンを見て、おやおやと目をすがめる。
「どうやら肉体は置いてきてしまったようだな」
「……私、死んじゃったみたいなの。でも、最後まであなたに任された役割は全うしたわ。いえ、どちらかといえば失敗してるのかもしれないけど」
リリーベリーを盗み出された時点で、メリーアンは仕事に失敗してしまったのかもしれない。
「あなたたちはあの博物館を通して、人間たちを観察していると言った。いつか人間が進化したら、戻ってくると。でもあなたたちに一番近い人間である私が、一番愚かだったわ」
妖精たちの前で、メリーアンは何度も醜い人間の争いを見せてしまった。これでは到底、妖精たちはアストリアに戻ってきたいとは思わないだろう。
「だけど……何とか大事な人たちは守り切ったと思う。試用期間の間、自分ができることは全てやったわ」
リリーベリーはじめ、博物館の妖精たちを誰一人死なせないように、守り切ることができた。それだけは救いだ。
「あなたに与えられた使命のおかげで、私は失ってしまったいろんなものをもう一度この手に取り戻すことができた。私に素晴らしい機会を与えてくれて、本当にありがとう」
そう言ってメリーアンは頭を下げた。目を瞑ってそれを聞いていたクイーンは、ゆっくりと瞼を開けると、ガラス玉のように澄んだ瞳でメリーアンを見た。
「そうか。ではフェアリークイーンたる私が、今一度申しつける」
力強いその口調に、メリーアンは自然と背筋が伸びた。
「メリーアン、妖精の展示室の管理人になりなさい」
クイーンにそう言われ、メリーアンは戸惑った。
「……私はもうすぐ、消えてしまう。だってもう、肉体はないはずだから」
死んでしまうことで、管理人にはもうなれないことを、メリーアンは申し訳なく思った。
「そうではない。お前の意志を聞いているのだ」
「私の、意志?」
クイーンは頷いた。
「やるのか? やらないのか? 私が求めている答えは、ただそれだけなのだ」
「……」
そう言われ、メリーアンは夜間警備員たちの顔や、妖精たちと過ごした日々のことを思い出した。毎日バタバタとして、失敗もたくさんした。けれどそれ以上に、与えられた仕事に向き合うことは楽しかった。仕事で得た経験や知識は、クロムウェル領にいては決して得られなかったものだろう。メリーアンは困難に立ち向かうことが、嫌いではないのだ。
もしもこの先の人生が続くのなら。
たとえどんな困難にぶつかったとしても、また大きな悲しみに出会うことになったとしても、メリーアンはそれらを受け入れながら、時間という道を歩いて行きたい。
答えは決まっていた。
「私は、妖精の展示室の管理人に、なりたい……!」
ベティローズのような人間が、管理人に選ばれないとも限らない。管理人の立場を悪事に利用される可能性があるなら、メリーアンが管理人を務めた方がまだマシだ。
メリーアンの答えを聞いたクイーンは、真っ直ぐにメリーアンの目を見て尋ねた。
「それがお前の、真の答えか?」
「はい。嘘偽りのない、私の本心です」
「……承知した」
クイーンは薄く微笑んだ。
「でも……私は死んでいるし……それに、そもそも本当に私でいいの? 管理人の素質って……資格って、一体なんなの?」
戸惑いながらそう尋ねるメリーアンに、クイーンは全く別の話題を話し出した。
「昔の話をしよう。お前たちの国でもない、世界でもない。別の惑星の、人間の話だ」
「……?」
一体何の話かと首を傾げるメリーアンに、まあ聞きなさい、とクイーンは話を続ける。




