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禁忌

 ──午後の神殿の中庭。


 メリーアンはぼんやりとアルストロメリアを眺めながら、考え事をしていた。


「今晩で最後か……」


 ひとまず、思い残すことはないくらいに、全力で仕事には取り組んだと思う。パブとルルルも仲直りさせることができたので、メリーアンとしては大満足だ。たとえここでクイーンに管理人に相応しくないと言われたって、悔いはない。


(まあでも、そうしたらこれからどうしようってなっちゃうけど……)


 ただ、試用期間だけでも、かなりの金銭を得ることができた。

 これだけの資金があれば、慎ましく暮らしていればしばらくは宿や食事に困ることはなさそうだ。

 メリーアンの心は穏やかだった。

 自立しているお陰で、飢えることもなく、ユリウスへの依存も薄まってきた。


(本当、少し前までは考えられなかったわ)


 波乱万丈。

 そんな言葉がメリーアンの脳裏に浮かぶ。

 まさしくそんな言葉が似合うような人生だった。


(もう何も起こりませんように!)


 そんなことを思いながらグーっと伸びをしていると、神殿からミルテアが出てきた。


「メリーアンさん、こんにちは」


 何やら腕にパンをいっぱいに抱えている。


「今日は私が食事当番だったんですけど、見てください! こんなに美味しそうなパンが焼けましたよ!」


 ミルテアも最近、メリーアンのお菓子作りに影響されたのか、料理に夢中になっているようだった。


「わあ、美味しそう! 一つもらっても?」


「どうぞどうぞ」


 ベンチに座って、二人でパンを食べる。

 足をぶらぶらさせながら、馬鹿な話をして二人で笑い合った。


(こういう生活が、ずっと続けばいいのにな)


 ──だが、現実はそうもいかないようだった。


     *


 しばらく雑談をした後、二人はララの話になった。


「聖女様……綺麗な方ですけど、その、ちょっと独特な方でしたね」


「独特すぎるわよ。リルレナ神の信者って、みんなあんななの?」


「皆さんと言うわけではないですが……確かに少女のような振る舞いをされる方が多いのは確かですね」


 ミルテアは、勉強もかねて複数の神殿の神官と交流を持っているのだという。


「でもそれがリルレナ神の本質ですから、信者もそうあることが正しいのでしょう。……たとえ、誰に迷惑をかけたって」


「ふぅん。ずいぶん自由なのね。そんな規律もなさそうな状態で、よく組織が保ってるわね」


 ミルテアが首を横に振った。


「リルレナ神の信徒たちにだって、ちゃんと規律はありますよ」


「たとえば……」


「たとえば?」


 ふと、ミルテアは言葉を止めた。

 見れば、強ばった表情をしている。

 そして、みるみるうちに、真っ青になっていく。

 あまりに雰囲気が変わってしまったので、メリーアンは心配になって声をかけた。


「どうしたの?」


「……メリーアンさん」


「うん?」


「あの人……聖女様は、お腹少し出ているように見えましたけど……あれは元々の体型ですよね?」


 突然何を言い出すのかと、メリーアンは苦笑した。


「違うわ。彼女、妊娠しているのよ」


「……」


「妊娠しているから、別れることになったの」


 メリーアンはそう言って、肩をすくめた。

 ミルテアは黙りこくっている。


「あー、ミルテア? ごめんなさい。刺激が強い話だったわよね。軽率だったわ」


 清らかなクロノアのプリースティスであるミルテアにこんな話をすべきではなかったか。

 そう思っていると、ミルテアの頬から冷や汗が流れ落ちた。


「……すぐにエドワードさんを呼んできてください。私はハイプリーストと……ライナスさんをお呼びしますので」


「え?」


「早く!」


 ミルテアはすごい勢いでメリーアンの肩に掴みかかった。

 その必死の形相に、メリーアンはたじろぐ。


「わ、分かったわ。神殿につれてくればいいのね?」


「はい、お願いします!」


 事情はよくわからないが、どうやらエドワードとハイプリースティス、そしてなぜかライナスを集めないといけない理由がミルテアにはあるようだった。


「事態は一刻を争います。できるだけ早く、メリーアンさんの故郷に伝令を……」


     *


 エドワードはすぐに見つかった。

 通りをぶらぶらと歩いていたのだ。

 言われた通り、ひっ捕まえて神殿に連れてきた。

 招かれた部屋に入ると、すでにミルテアとハイプリーストが神妙な顔で二人を待っていた。二人は急いで席につく。


「お待たせ。ライナスさんは?」


「……ショッキングな内容になるかもしれないので、ライナスさんには後ほどお伝えしようと思います」


ミルテアとハイプリーストは目を合わせて頷いた。


「おい、何があった?」


 エドワードは二人の気配を察したのか、鋭い表情で二人を見る。


「順を追ってお話ししましょう」


 そう言って話を切り出したのは、立派な口髭を伸ばした、ハイプリーストだった。


「──ひと月ほど前、この街にライナス・オルトという男性がやってきたことは、ご存知でしょうか」


「ええ、いつも庭でぼうっとしているライナスさんのことよね? 遺体をのせた荷車を押すのを手伝ったから、よく覚えているわ」


 エドワードがなんの話だという顔をするので、ハイプリーストが軽く説明した。


「ライナス殿は、出産時に死亡した妻とその子供を荷車に乗せて、ここまでやってきました。ノーグ村からです」


「ノーグ村? クロムウェル領のすぐ近くだな。しかしずいぶん遠くから荷車を引いてきたもんだ……」


 エドワードは眉を寄せた。


「はい。我々は彼の気持ちを汲んで、妻と子の死を受け入れるまで、遺体を埋葬せず、時を戻して地下の安置所に遺体を安置していました」


 それが一体なんの関係があるというのだろう?

 メリーアンとエドワードは目を合わせる。


「それからしばらくして、ライナスさんは奥さんと子供の死を受け入れました。だから私とハイプリーストで、簡単な葬儀を執り行うことにしたんです」


「……それで?」


 メリーアンは息を呑んだ。


「埋葬直前。私たちは念の為、遺体の最後の浄化を行いました。しかしそこで気づいたことがあるのです」


 ミルテアはぎゅ、と手を握って、メリーアンを見た。

 ふと、メリーアンは思い出す。


(そういえば葬儀の時……ミルテア、何か言いたそうな顔、してたっけ……)


 メリーアンは奇妙な胸騒ぎがして、ゆっくりと瞬きをした。

 目の前にいたハイプリーストが、深刻な面持ちで告げる。


「──浄化の結果、女性の遺体からごく少量のミアズマが検出されました」


 けれど、とハイプリーストが続ける。


「胎児からミアズマは検出されませんでした」


 ミルテアが言葉を引き継いだ。


「メリーアンさん、エドワードさん、このことの意味がわかりますか?」


 


 




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