どうしてあの人が ララの葛藤②
「どうも。エドワード・キャンベルと言います。私はメリーアンに用事があるもので、悪いが彼女をお借りしても?」
──エドワード。
メリーアンのそばに立った美しい人はそう名乗った。
その名前に聞き覚えがあったララは、彼がアリスの言っていた「第三王子」であることを瞬時に思い出した。
(彼が……エドワード殿下なの?)
驚くべきほど整った容姿をした人物だった。
眩く輝く銀色の髪に、紫水晶のような瞳。少し鋭い視線は冷たい印象を受けるが、メリーアンを見つめる時にだけ、その瞳の中に熱がちらつくような気がした。
(嘘……)
どうしてあんなに美しい人が、メリーアンさんをそんな風に見るの?
どうして? ユリウスと別れたばっかりのメリーアンさんが、あの方に。
そんなことを思っているうちに、ふと以前行ったお茶会で、令嬢たちが話していたことを思い出す。
──王太子殿下初め、王家の皆様は大怪我をされたエドワード殿下以外皆結婚されていますから、王族以外で一番条件のいい結婚相手は、ユリウス様ではありませんこと?
──エドワード殿下は、怪我で寝たきりだと聞きますしね……。
見たところ、エドワードに怪我はなさそうだったし、普通の状態のようにしか思えなかった。
実際のところはマナをコントロールする器官が壊れてしまっているのだが、それは本人だからこそ分かることで、他人から見れば全くわからないだろう。
(じゃあ、じゃあ……今この国で一番価値のある人は、エドワード殿下じゃないの……)
メリーアンさんはユリウスよりも価値のある人と、一緒にいるの?
──国で一番価値があるって言ってたから、ユリウスを選んだのに。もしもあのお茶会の席でエドワードが元気だと聞いていたなら、きっとエドワードを選んでいた……。
不意に心にそんな言葉が浮かんできて、ララは慌てて首を横に振った。
(ち、違う。私は大いなる流れに従っただけ。自然とそういう成り行きになったの)
そう考えながらも、目の前のエドワードのあまりの美しさに、頭がぼうっとしてしまう。
(……不釣り合いだわ)
メリーアンとエドワード。
ララには凡庸な女性とキラキラした王族の、奇妙な組み合わせにしか見えなかった。
(そうだ。なら、釣り合いが取れるようにすればいいんだ)
長年の癖だったのだろう。
誰もがララが声を掛ければ、頬を赤くした。
きっとエドワードだって、例外ではないはず。
そう思ったララは、去ろうとするエドワードの背に、気づいたら声をかけていた。
けれどララを待っていたのは、予想外の仕打ちだった。
冷たい氷の刃が、喉元を掠る。
──次にメリーアンを傷つけたら、殺す。
ララは恐怖で凍りついた。
硬直するララを置いて、エドワードはメリーアンの腰を抱き、学舎へと戻っていく。
ララはそれを呆然と見送った。
(どうして……?)
私は聖女で、いつも誰よりも大切にされていたはずなのに。
私よりも、メリーアンさんを優先した?
一体、なぜ……。
「ララ。どうして殿下にあんなことを言ったんだ」
呆然とするララの後ろから、ユリウスが声をかける。
「……どうして? それはこっちの台詞よ」
ララは唇を噛んで、ユリウスを見た。
「どうしてメリーアンさんは、あの人に愛されているの?」
「……」
(私が、あの場所にいるはずだったのに!)
気づいたら、ララは怒りで震えていた。
ユリウスは痛みを堪えるような顔をして呟く。
「……メリーアンは、もう俺とは別れた。だから彼女が誰と恋人になろうが、俺たちに文句を言う権利はないよ」
ララはユリウスを見て、がっかりしてしまった。
確かにユリウスは顔もいいし、鍛えているおかげか、体格もしっかりしている。けれどエドワードに比べたら、まるで平凡だと思ってしまったのだ。
(……エドワード殿下が良かった。どうして不幸になるはずのメリーアンさんが、私より幸せそうにしているの)
──どうして私は、幸せになれないの?
「……ララ。落ち着いて」
「……」
俯いていると、ユリウスに声をかけられた。
「あんまり考え事がすぎると、お腹の子にもよくないよ。宿に帰ろう?」
(子ども……)
ララははっとした
ユリウスの言う通りだ。
(私は、この子を産んで、幸せになるの)
これから幸せになる。なれるはず。
そのためには、メリーアンとユリウスを早く離縁させなければならない。
「明日、もう一度メリーアンと話せないか、交渉してみるよ。俺が全部片付けるから、ララは宿でゆっくりしていて」
「……分かったわ」
その日は渋々、ユリウスの言葉に従ったが、ララの心からエドワードの存在が消えることはなかった。
*
メリーアンとユリウスの離縁は、案外あっさり成立したようだった。
神殿の入り口でこっそり話を聞いていたララは、メリーアンの心が、すでにユリウスから離れつつあることを感じ取っていた。やはり、同じ女性同士だからだろうか。そう言う部分には敏感だった。
(……もうユリウスには興味なくって、新しい人に夢中ってこと? ユリウスとの別れを悲しみもせずに、性格の悪い人だわ)
その日の夕方。
ララは宿の中庭で、メリーアンとエドワードについて考え込んでいた。
メリーアンは別に、エドワードのことを好きだとか、そう言う言葉をはっきり言っていたわけではない。けれどあの二人の間には、何か親密な雰囲気が漂っているような気がしてならないのだ。
……何がいけなかったんだろう?
私が、あの人の隣に立つべきだったのに……。
ララが、メリーアンからユリウスを奪ったことだろうか。
「それが、やっぱりいけなかった? だからあの領地の人々も、私の言うことを聞かないの?」
つぶやいては、ため息を吐く。
「……その通りだよ。だからメリーアンを、元の場所に戻してやればいいのさ」
ララが考え込んでいると、不意に声をかけられた。
「……誰?」
ララは警戒したように、座っていたベンチから腰を上げる。
振り返れば、ララの見知らぬ男が立っていた。
「……怪しいものじゃないですよ」
「怪しい人はみんなそう言うわ」
「ふふ。そうですよね。じゃあ、これ。身分証」
「……」
提示された身分証を見て、ララは訝しげな顔になる。
「……あなた、私になんの用事ですか? 私、あなたと関係ありませんけど……」
「いえ、二人の利害が一致するんじゃないかと思いまして。取引をしにきただけです」
「取引……?」
男はこくりと頷いた。
「僕はメリーアンが邪魔だ。あなたは今、メリーアンが必要なんじゃないですか? さっき、散々つぶやいていたでしょう?」
「……そうだったら、なんなの?」
「僕にいい考えがあるんです」
男はにっこり微笑むと、ララに小さくささやいた。
「それ、は……」
「なぁに。うまくやれば人は死にませんよ。領地の人たちを人質にして、少し揺すってやればいいんです。そうすれば元通り。ユリウスとメリーアンはまた仲良くやっていきますよ。そしてあなたは、新しい人とうまくやればいいさ」
「そんなに上手くいくかしら……?」
「ええ、きっと」
そんなうまい話があるものかとララは疑っていたが、男の提案は魅力的だった。
「具体的にどうすればいいの?」
「簡単さ」
男は中に人形の入ったランタンのようなものを差し出した。
「それを言われた場所に埋めてくれればいい」
そうすればあの地は──……。
男の言葉に、ララはごくりと唾を飲んだ。




