仲直り②
「私、もうこの博物館での試用期間が終わるの。だから最後に、できるだけのことはしておきたくて。ずっと一緒にいたいって思ってる二人が離れてしまうなんて、悲しすぎるわ」
そう言うと、パブはしばらくおしだまったあと、こちらにお尻を向けてぽつりと呟いた。
「……ルルルは俺を見たら、人間にされたことを思い出しちまうだろ? 一緒にいると、お互いを傷つけるハリネズミみたいになっちまう。だから俺は、ルルルのそばにいたくないと思った」
パブのお尻は震えている。
メリーアンはなんとなく、パブの気持ちが手にとるように分かった。
きっと、パブもルルルとずっと一緒にいたいのだろう。
再会して、改めてそう思ったのかもしれない。
「……俺は自分勝手なやつだ。傷つくお前を見るのが辛いから、逃げている」
「パブはルルルとは、もう一緒にいたくありませんか」
「……」
ルルルの言葉に、パブは体を震わせた。
「確かに……パブを見ていると、人間たちにされた仕打ちを思い出して、辛くなることもあります」
だけど、とルルルは言葉を区切った。
しばらく湖を見ながら、ぽつりと呟く。
「それよりももっと辛いことがあります。パブがそばにいないことの方がずっとずっと苦しい。パブがいないなら……そんなの、そんなの……」
──メリーアンが素直であれば、妖精たちも素直になる。
震えるルルルの声を聞いて、耐えられなくなったのか、パッとパブが駆け出した。
「きゃっ」
そのままルルルに突進する。
ルルルはパブを抱きとめて、地面に尻餅をついた。
「……泣かないでくれ、ルルル」
「……」
「本当は……本当は、ずっと一緒にいたい。でも俺と一緒にいるとルルルが傷つくなら、離れようと思ったんだ」
ルルルは首を横に振った。
「パブはルルルのことが大好きなのですね。じゃあ、ルルルのわがままを聞いてください」
「……」
「ルルルは、パブと一緒にいられない方が苦しい。だからもう、ルルルをこれ以上苦しめないでください」
パブは静かに頷いた。
ルルルはぎゅう、とパブを抱きしめたのだった。
*
(はあ、よかった)
メリーアンはホッと胸を撫で下ろした。
もうじき夜明けだ。
なんとか二人を仲直りさせることに成功した。
「……嬢ちゃん、俺の人形は、また倉庫行きなのか?」
パブがそう言って、つぶらな瞳をメリーアンに向ける。
「いいえ、ちゃんとあの場所に……ルルルの隣に展示するわ。これからはずっと一緒よ」
「そうか」
パブは納得したように頷いた。
「悪かったな。色々とひどいことを言って」
「いいえ? あなたたちのおかげで、私も心の整理がついたんだもの。感謝してるくらいよ」
(まあ、相変わらずララのことはちっとも理解できないけどね)
メリーアンは、肩をすくめた。
「パブ、帰りましょう」
「そうだな」
ルルルの腕の中に抱かれていたパブが、嬉しそうに尻尾を振った。
(はぁ。本当によかっ──)
メリーアンがそう思いかけた時だ。
パブの体がパッと光った。
メリーアンは思わず目をつぶる。
「……?」
それからそっと目を開けると、そこにいたのは……。
「ええええ!?」
──ウサ耳の生えた、壮年の男性だった。
「ちょ、え? 何それ!?」
「フン。人間には滅多に見せないがな。まあ嬢ちゃんになら、俺のもう一つの姿を見せてやらんでもない」
渋い声で話しながら、おそらくパブと思われる男性は、ルルルを肩に乗せた。
「帰るか」
「はい。出発なのです」
(何これ? え?)
メリーアンがポカンとしている間にも、二人は森の中へ消えてしまう。
完全にその姿が見えなくなる前、ルルルが振り返って、メリーアンに手を振った。
「ありがとう、おねいさん。また会いましょう」
「あ、あはは……」
メリーアンもその手に応える。
呆然とその後ろ姿を見ながら、メリーアンは呟いた。
「……ま、まあ、解決したならなんでもいっか」
翌朝。
メリーアンは妖精の展示室に立って、ルルルの隣を見ていた。
そこには作業員たちがいて、何やら新しい人形を運び入れているようだ。
作業員たちが設置していたのは、修理から戻ってきたパブの人形だった。
ふわふわとしたパブの人形は、ルルルの隣にちょこんと設置された。パブもルルルも、空を見上げるような格好をしている。
「……おかえり、パブ」
メリーアンがそう呟くと、パブの瞳がきらりと光ったような気がした。
何やら他にも作業があるようだったので、邪魔にならないうちに退散しようとすると、ふと何やら違和感を感じる。
「……?」
なんだろう。
よく見慣れた展示室なのだが、何かが違うような……。
(作業中だから、そう思うのかしら?)
メリーアンが首を捻っていると、いつの間にやってきたのか、隣にエドワードが立っていた。
「よう。どうかしたのか?」
「……いいえ、なんでも。ただパブの人形が無事戻ってくるのを見届けようと思って」
そう言うと、エドワードもルルルとパブの人形に視線をやった。
「随分苦労していたみたいだが。なんとか問題は解決したみたいだな」
「ええ、本当になんとかね」
二人で展示された人形を眺める。
「でもよかったわ。今夜で最後だから、なんとか仕事はやり遂げられそう」
「……これからも、ここにいるんだろう?」
エドワードはメリーアンを真っ直ぐに見た。
メリーアンもエドワードを見つめ返す。
「クイーンがいいというのなら。私、ここで働きたいわ」
「許可するに決まってるさ。あんたは本当によくやった」
まあでも、とエドワードは続けた。
「もしだめだったとしても……うちに来ればいい」
「……へ?」
うちに来る、とはどういう意味なのだろう。
(まさか……エドワードのところに、って意味?)
そう考えて、メリーアンはなぜかどきりとしてしまった。
(いやいや、そうじゃないでしょ。大学とか、どっかで働けばいいってこと?)
だんだん顔が熱くなってきたような気がした。
どういうこと? と聞き返す前に、エドワードはさっさと展示室から出てしまう。
「あ、ちょっと!」
──悲しい別れもあれば、出会いもある。
メリーアンは追うか追うまいか迷って、結局追うことにした。
展示室を出る前、振り返ってパブを見る。
(それにしても、みんな知らないのよね、パブのもう一つの姿)
それを知れただけで、この博物館で働いてよかったと思えたメリーアンなのだった。




